春、乱漫｜リアクション

春、乱漫

　どるんどるん、ばばばばばおおおん！！　うおんうおんぼぼぼぼぼ、ぱらりらぱらりらぱらりら

「う……うるせーーー！！」
　怒り心頭、桜井ラッセルは部屋を飛び出していった。テレビの画面にはニャリオカートが映されたまま。ファイナルラップを回ったところでアクセルを離しゆるやかに減速、こつんと壁にぶつかり停車して手持ちぶさたのニャリオが哀しげにこちらを見返している。
「おーい。勝負、どうすんだよラッセル？」
　この後はニャリオパーティやスマッシュシスターズ、あるいは格ゲーなどにもシフトしつつ徹夜でゲーム十番勝負へと雪崩れ込み勝ったほうが明日の食事をオゴる、といった流れであったのだが。
　とはいえラッセルの特攻突貫も無理はなしか、と海道千里はため息ひとつ。
「ま、うるせーもんな」

　ぶろろろろ、ぶおんぶおおおおお、ぱぱぱぱぱぱん！！

　時代錯誤と笑うなかれ。迷惑千万な暴走族がどうやら寝子島大橋あたりへ集結しているらしいのだ。止め処なく響き渡る爆音のおかげで島中が眠れない夜を過ごす中、予定していたタイマンゲーム大会にもすっかり水を差され、集中力を乱されたラッセルは連戦連敗であったし頃合いではあろう。
「んじゃ、俺もそろそろ行くか」
　族の終わりなき抗争へ介入するつもりはないが放っておくわけにもいくまい。などと一般人なら思いも寄らない思考だろうが、寝子島で様々な変事に触れ対応するうちすっかり慣れてしまった千里であった。
　族といえば単車にクルマ。幸い千里にも兄から譲り受けた大型バイクがある。ありがたいお下がりであるし、また普段からラッセルに「安全運転しろ、しろ！」と口酸っぱく言われるものだからいつもはセーブをかけているが、今日のような日に遠慮はいるまい。
「よおし、ぶっ飛ばすぜ！」
　青い車体を月明かりにきらめかせ、千里はアクセルを吹かして走り出す。暴走族どもは島のあちこちへも出没するらしく、事故や遭遇を警戒してか今日は街中の車通りも少ないようだ。
「……あん？」
　寝子島大橋へ続く寝子島街道を直進していたら、奇妙な光景が目に入った。
「なんだ。こいつら、人間じゃないのか」
　バイクを駆り千里に併走してきたのは、カマイタチに鴉天狗。彼らはあやかし暴走族なのだった。たなびくフラッグには達筆で「辺非位喪巣（べひいもす）」と書かれていた。センスは８０年代だ。
「おうおう、何だぁこいつァ！」
「人間の兄ちゃん、俺たちと張り合おうってのかぁ？」
「辺非位喪巣ナメんなよコラァ！」
　絡まれてしまった。金髪リーゼントにトップク（特攻服）姿とコテコテに過ぎるヤンキー像を体現するあやかしたちだが、不良だのツッパリだのと今や古典となりつつあるヤンキーマンガで少々触れたくらいな現代の若者千里には、これが返って新鮮であったりした。にやりと笑む。
「いいぜ。勝負しようぜ。俺が勝ったら騒ぐのはやめてくれよな」
「上等だオラァ！」
　爆音も意に介さずフルスロットル。いつもの寝子島ならもちろん断固法定速度を越えるつもりはないが、今夜はきっとお咎めもナシだろう。経験則からそう判断する。何より、多少の無茶も伴わねばあやかしなどは止められまい。
　寝子島街道の直線から路地へ折れ、数台のバイクたちが旧市街を駆け抜ける。
「おっ？」
　ふと千里が気づくと、一羽のハヤブサが頭のすぐそばをぴたりと併走するように飛んでいた。猛禽へ変身したラッセルなのだが、千里は彼のろっこんを知らなかった。
「ぴい！　ぴー！」
「なんだ、お前も勝負するか？　いいぜ、しっかりついてこいよ！」
「ぴ、ぴいー！？」
　止まれやめろ無茶するなとのラッセルの抗議も千里にはぴいとしか聞こえないし、元より聞こえたとて止まるつもりもないだろう。
「ふふふ。ようやくお前の本気が見せられるな、なあ相棒」
　青いカウルを愛おしく撫で、千里はバイクと一体となってゆく。コーナーを果敢に攻め、あやかしの駆るあやかしマシンもぶっちぎり前へ。
「こ、こいつ速ぇー！？」
「人間のくせに！」
　うねる山道を駆け上る彼はいつしか彼は風となり、全てを置き去りにした。