【チョコっとね】

　ことこと、くつくつ。湯せんしているチョコがいいカンジに溶けてくると、キッチンにふんわりただようあま～い香り。
「いいねえ。チョコの匂いってどーしてこう、わくわくすんだろね。たまんないよね」
「ふふ。ちょっとつまみぐい、しちゃいます？」
「んや、やめとく！」
　一度手を出すとどんどん食べちゃいそうだから、だそうです。たしかに。美味しいチョコの完成まで、試食はガマンです。
　今回はレシピ本のなかからいくつかピックアップして作るつもりで、まずはガトーショコラにチャレンジ。さっくり軽い口当たりのもの、濃厚なもの、何種類か作ってみることにします。
「んーで、わたしはなにをすればいい？」
「ちなみにつるぎさん、お料理はするんですか？」
「ぼちぼち。かなあ、ははは」
　得意料理はカップ焼きそばとのこと。『OLDLYNX』の元店長、親父さんがお料理上手だそうでして。
「それじゃ、こっちのボウルに卵黄とグラニュー糖を入れてもらえますか。グラニュー糖は35gで」
「ほいほい」
「入れたら、60度のお湯で湯せんしながらかきまぜて、泡立ててください」
「泡立てる、ね。ふむふむ」
　ちょっとつたない手さばきのつるぎを見守りつつ、綾花はハンドミキサーをセット。卵白とグラニュー糖を泡立ててメレンゲをつくります。
　ちゃかちゃかちゃっちゃと手際よい綾花のお料理姿に、つるぎもほお～っと感心した様子。
「さすがッスねぇ～。プロ級じゃん！」
「そこまででは……昔からお母さんを手伝ってたので、得意にはなりましたけど」
「誰かのために、っていうの、大事よね。いっちばん気合入るやつ」
「うんうん」
　お料理にしてもなんにしても、誰かの笑顔が見たい、嬉しいと言ってもらいたい、それがモチベーションにつながることは多いものです。今日のチョコづくりだってつまりは、珪先生に喜んでもらいたい一心ですもので。たしかに彼の喜ぶ顔、笑顔を想像したならがぜん、よしやるぞ！　とパワーが湧いてきます。
「あ、そのボウルはそのくらいでいいですよ。じゃあこっちのメレンゲと混ぜ合わせて、薄力粉をふったら生地のできあがりです」
「あとは焼くだけ？　案外カンタンなんだね」
「そうですね。でもこのレシピはすごく見た目にもこだわってて、飾り付けが本番みたいな感じかも」
「う～ん、時代はやっぱり、映えッスなあ～」
　定番ガトーショコラにさっくりタイプ、濃厚タイプを配分を変えていくつか作ります。
　焼き上げの前に試作は続いて、ナッツ入りのチョコクッキーやマカロン、パウンドケーキなどなど……キッチンにはずらりずらずら、チョコ菓子が並びました。
「ちょっと作りすぎました……？」
「なんの、こっからベストなものを見つけだすんだから、選択肢は多いほうがいいってなモンよ」
　試食係もこう言っておりますもので。ひとりで食べすぎて太っ……すこうしばかりふくよかになってしまう、なんて事態はありがたくも、避けられそうです。たぶん？



　こだわりのチョコ菓子たちを焼き上げている間、ちょっとブレイク。コーヒーをいただきながら、そんでもっていい子で待ってたにゃんこ二匹を膝の上に乗っけつつ、綾花が引っ張り出してきたアルバムを開きます。
「わはは、ミニ綾辻ちゃんだ！　髪型、ずっと同じなんだねえ」
「な、なんか恥ずかしいです……成長してないみたいで」
　写真の中の小さな綾花は、今より少しばかりやんちゃな表情に見えましたけれど、ひかえめではにかみ屋なところはあまり変わっていないかも。小学生の時分からずうっと、図書委員ひとすじですし。外を元気いっぱいに跳ねまわるよりは、お家で本を読んでいるのが好きな子どもでした。高校生になり、いずれ大学生にもなろうかというところなのに、なんだかあまり変わっていないようにも思えてしまいます。
　けれどつるぎは、軽やかに笑いました。
「いやいや、オトナっぽくなってるよ？　わたしと違ってずーっとね。どっかのカタブツ朴念仁もきっとメロメロ！　ってね」
「そう、ですか？　そうかなあ」
「そうそう。大丈夫、綾辻ちゃんのいいトコはちゃあんと伝わってるってば。ね～モモ、こんぶ、ご主人さまはかわいくってやさしくって魅力的で、最高だよニャあ～？」
　ねこじゃらしをふりふり、にゃんにゃんにゃお～！
　あんまり自信に満ちあふれるタイプではありませんけれど、つるぎがそう言ってくれるとなんだか、そうかな？　いけてるかな？　という気分になってくるから不思議です。
「……ありがとうございます」
「ん～？　べつに、ほんとのことだし」
　そしらぬ顔でにゃんにゃかにゃん。ふりふり、すりすりすり。
「つるぎさんはどうなんですか？　好きな人とかいないんですか」
「え～わたし？　いや～、今はねえ。それどころじゃねーとゆーか。ウチの店のことで手いっぱいとゆーか」
「じゃあ昔は？　学生時代のときとか。誰かと付き合ってたとか！」
「や、付き合ってはないけど。いや、ま、うん……ナンだね、ははは」
「あれ。その反応は、気になる男の子でもいましたか？　いたんですね、どんな人だったんですか？」
「きゅ、急にぐいぐい来るッスなあ……いや気になるというほどでもなくて、ちょっと珪さんの次くらい、仲の良かった子でさ。文芸部のときのさあ」
「ふんふん！」
　そんなちょっとしたエピソードも興味深く、すっかり話し込んでしまい、うっかりチョコ菓子の焼き上げ時間を見逃すところでした。



　オーブンを開けるとふ～んわり。思わず顔を見合わせて、に～んまり！　にゃんこたちもつられて、ふにゃにゃ～ん。
「美味しそうにできました！」
「さー試食試食っと。ワインオープン！」
「あ、あまり酔っぱらわないでくださいね……？」
　ガトーショコラに、ドライフルーツのマンディアン。ナッツ入りのブラウニー。ホワイトチョコのパウンドケーキにザッハトルテ。かわいくたのしくデコレーションして、さてどれをプレゼントしましょうか？　彼は喜んでくれるでしょうか？
　もうすぐバレンタイン。勝負のときまで、あと少し！

「どきどきです……！」