手作りお人形マーケット！｜リアクション

手作りお人形マーケット！

【ラッキー・ベア】

「ねぇ、ママ！　お人形さんがいっぱい！」
　隣にいる愛しい娘――五歳の楓を伴って。梓智依子は忙しいながらに両立させている学校とバイトが休みとなる土曜日に、この寝子島スタジアムへやって来た。
　建物内に数歩足を踏み入れれば、ふわりと漂う非日常の香りがする。
　ハンドメイド人形の展示譲渡即売会。目の前には、並ぶブースと共に沢山の人形たちの並ぶ光景が広がっていた。
「うん、そうだね」
　智依子がそんな愛しさに溢れんばかりの楓を見つめて微笑んで見せる。
　楓は少しの間、忙しなくそわそわと辺りを見渡して。歩みを進めればそのまま大喜びで駆け出して今にも人形に特攻しそうな、まるで可愛らしい爆弾のような雰囲気を持て余していた。

「あ、あそこにネコちゃんのぬいぐるみ！」
　五歳の少女と云えば、典型であれば可愛らしいものに目がないものの代名詞だ。そんな傍らの人形に瞳を向ける楓の姿を見ながら、智依子は当時己の五歳の過去を振り返る。
「(自分が子供の頃は、人形にあまり興味なかったな……)」

　――過去。智依子が当時、ストリートダンス界の彗星として頭角を表す八歳よりも数年前。
　既に、その鱗片として本人は人形遊びよりも、身体を動かす事を得意としていた。
『楽しい』事はどのような『努力』にも勝る。ストリートダンスは全身全霊を以て、身体の全てを動かす必要がある。その下地を智依子は遊びを通じて、無意識の内に作り上げていたのだ。
　そう思えば、自分の愛し子が人形に夢中になるのも、ほんの少し不思議なものだと思う――とは言え、その楓の動きは本当につむじ風のように勢いが良く、元気にはしゃいであちこちを動き回る。
　これでは、いつ人にぶつかってもおかしくない上に、ブースなどに当たった日には人形を壊してしまうかも分からない。
「楓、そんなにはしゃいだら迷子になっちゃうよ」
　自由に見て回って欲しいが、放置が出来る歳でもない。こういう時、子供というのはいつも難しい年頃なのだと智依子は実感せずにはいられない。

「楓、ごらん？　かわいいよー」
　その為にも、やらなければならない事がある。ひとまずの手段として、智依子は近くにあった小さなクマのぬいぐるみをブースの人に許可を得て手に取って、楓を呼び寄せた。
　楓が案の定、大喜びで駆け寄って来る。近くにいてくれるならば、ひとまずの事故は避けられる。智依子がほっと胸を撫で下ろした瞬間、
『こんにちは、こんにちは！！　元気な女の子だーっ』
「わあっ！　ママ、このクマさん喋ってるー！」
　突如、手のひらのクマのぬいぐるみが二人に向かって話しかけて来た。鼓膜ではなく脳に響く声、売り子は聞こえているのかいないのか、ただ智依子と楓を微笑ましそうに見つめている。

『あのね、僕は作ってくれた人自慢の、すごーい【ラッキー・ベア】なんだ！　作られた時に、人を幸せにできるお守りがおなかの中にはいってるんだよ！』
「えぇっ、クマさんすごい！」
「……なるほど、それで付いているタグにお人形ごとに【LUCKY】とついているのね」
『うんっ。僕はねっ、ひとをちょっとだけ幸せにする為に作られたんだよ！！　だから良かったら買ってほしいなぁって思うんだ！』
　ぬいぐるみが動く素振りは見せない。だが、まるで伝わる口調は生きているかのようだ。
　錯覚か神魂か。判断の付きづらい所ではあるが、
「ママ、買って！　買って！」
　嬉々として輝く楓の目を見て、ぬいぐるみの話を聞けば買わない手も無いであろう。

「――大切にするのよ」
　それは、今あるささやかな幸せも、きっと過去最大の幸福と同じだけ大切にすべきものであろうから。
　これも大切な想い出の一欠片として――

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