霊界クリスタルイリュージョン｜リアクション

霊界クリスタルイリュージョン

　稲積柚春は眼の前にそびえ立つ、うさぎの巨大氷像を見上げて口を開けた。白い息が漏れる。
「いや、凄いねぇ」
「うん。想像以上に」
　駅員にクリスタルイリュージョンや氷像を展示していると聞いていたが、思ったより大きく盛大だった。透き通る氷の中で揺らめく炎、そしてオーロラがかかる空とダイアモンドダスト。すべてが幻想的で、二人で夢中になって見て回った。
「あ、あそこも行きたい。かき氷だって、くしゅん」
　柚春は盛大にくしゃみをしてしまった。歩き回ったからか、体が冷え切ってしまっていることに気づく。
「うう、寒……。大丈夫？　ウォルターさん」
　振り返ると、ウォルターの姿がなかった。
「あれ？」
　辺りを見回すが、彼の姿はない。
「……ん？」
　と、マフラー越しに、何か暖かいものが頬に触れたような気がした。
「！　え、え？」
　その様子にウォルターはくすっと笑う。
「はい、寒そうだったから、とりあえず」　
　暖かい缶コーヒーだった。クリスタルイリュージョン仕様の缶デザインである。近くに自販機があったのだろう。
「あ、ありがとう」
　受け取ると、手袋越しに暖かさが染みてくる。
「大分歩いたねぇ。そろそろご飯でも食べようか？　どこが良い？」
　歩きながら探すことにしたのだが、すぐに氷の城のような建物が見えてきた。
　なんとなくレストランのように思い、思い切って入ることにした、のだが、それが少し後悔するはめに。

　氷のアーチをくぐって中へ入ると、すぐに部屋に案内する、とのこと。
　通されたのは明らかに宿泊するための場所であった。ビジネスホテルというより高級ホテルの部類だ。ツインのベッドもある。
「お食事は１時間後に隣の氷華の間になります」
　どうやら、食事ではなく、宿泊食事付きになってしまったらしい。
「……ホテル？」
「いやぁ、参ったねぇ」
　照れた様子で頭をかくウォルター。
　柚春は少しドキドキしながら、ウォルターを横目で見た。
（なんだか、あの時のドキドキに似てる）
　雪山で二人きり、遭難しかけたことを思い出す。
「ん？　柚春、ほら、ベットがフカフカだ。透明の氷に見えるのに不思議だよ」
　ウォルターが座り心地を確かめるように腰を下ろす。
「そうなの？」
　ウォルターは両手で、ベッドを２、３回押した。
「多分、柚春が飛びこんでも大丈夫だよ」
　からかいの口調に柚春も笑う。
「ほんと？」
　ウォルターはゆっくりと立ち上がった。
「僕しか見てないから、特別にね」
「僕、本気にしちゃうよ？」
　柚春は床を軽く蹴った。
「！」
　ベッドへとダイブすると、ふわっと干したての布団の匂いがした。ふかふかだ。
「あはは、本当に飛び込んじゃうなんてねぇ」
「だから、本気にしちゃうって」
　子供っぽすぎただろうか。
　ウォルターはベットに腹ばいになっている柚春の隣に座り直した。
「もう寝よう」
　彼に頭を撫でられると、なんとなく眠気が出てきたような気がした。柔らかい。
「……ワット、雪山の日のこと覚えてる？　僕が元気な時ならって、その先は」
　頭をぽんぽん。
「おやすみ」
　彼はそばののソファーに移動し、寝転がった。
　今日はとことん子供扱いである。
（眠くなってきちゃった。……まぁ、いっか）
「柚春」
　その呼びかけに彼を見る。
「君のことは大切にしたいんだよ？」
「！……お、おやすみ、ワット」
　柚春は目を閉じる。身体が少し熱い。それでも、氷の中で揺らめく炎が少しづつ意識を溶かして行った。

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