偶発的な事故だけどノーカウントを主張するか悩ましい｜リアクション

偶発的な事故だけどノーカウントを主張するか悩ましい

　理事長が寮に来た理由を聞いて、水上桜は頭を抱えた。

（あれだけ終業式に釘を刺したのに、懲りずに何かと思えば）

　――釘を追加でもう２、３本刺してこようか。
　思案する桜を呼ぶ、ＮＹＡＩＮＥの着信音。相手は友達の有沢茉奈からだった。
　彼氏ゲットに命を懸ける16歳ＪＫ。彼女からのお声がけとあれば、用件は『逆ナン』のお誘いだろう。

「ちゅーするでーに、逆ナン……」

　なせだろう。そうだと決まってないのに、不穏しかない。
　意を決してアプリを起動しメッセージの全文に目を通す。茉奈はすでに、寮の敷地にいるようだった。
　寮の入り口まで迎えに行ける程度に身なりを整え、足早に茉奈を迎えに行く。さすがに突然の来訪といえど、この炎天下で待たせるわけにはいかない。

（それに、理事長の話を聞かれるのもね）

　盛り上がられても落ち着かせるのに手を焼くだろうし、真顔で学校の心配でもされたら返答に困る。
　茉奈と合流すると、桜は先手必勝とばかりに、サマーバレンタインの話題を出した。
　あの時のことはもう大丈夫か、幽霊に会ったなら変なことが起こってないか。そんな話をしていると自室に到着し、最初のミッションはクリアだと桜は小さく頷いた。

「そういや桜のほうは？　サプライズデートしたんだよね？」
「うん、まあ……それっきりだけど」
「好みじゃなかったとか？」
「悪くはない、と思うけど……」

　変に気負わず話せる爽やかな容姿、あれだけの筋肉がつくなら部活も真面目に打ち込んでいる実直なタイプだろうし、共通の話題もあって一緒に居て苦にならない。
　感想だけ言えばアタリだと思う。でも、

「即決するほどではなかったかな」
（機会があれば、泳いでるところは見たいけど）

　惜しいことをしたと後悔もしていない。再会を切望するほど焦がれてもない。
　それでも彼は一時の思い出にならず、桜の心の片隅でほんのりと存在していた。

「じゃあ、いつ運命の再会してもいいように、オシャレしなくちゃねっ！」

　何が入っているんだと思っていた紙袋からは、大量の髪飾りやヘアセットに使う道具が出てきて桜は絶句する。
　茉奈の気合の入りまくった花飾りを幾つも挿したゆかた姿を思い出し、夜の蝶のようになってしまうのではと、丁重にお断りする文言を考えた。

「桜ってやっぱり青が似合うかな、でもだからこそ……」
「ねぇ茉奈、だったら今日は買い物に行かない？　１つ選んでくれたらいいから」
「そんなの目立たないじゃん！　彼に見つけてもらわないとでしょ」

　今すぐに、それを望んでいるわけではないのだけれど。
　うーんと考え、桜はしっかり茉奈の肩を掴んでもう一度諭そうとした。

「だからね、私――っ」
「ねぇっ！　これなんて――？」

　髪飾りに夢中になっている友達の意識を、少しこちらに向けて欲しかっただけなのに。
　勢いよく茉奈が振り返るのと同時に顔を鉢合わせたものだから、ぶつかってしまったのだ。
　ちょうど唇――の端、ギリギリ。桜の口元に茉奈が口づける形になってしまった。

「…………」
「…………」

　どちらからともなく離れ、座り直す。
　女友達だ、事故だねって笑えば良い……と楽観視するには絶妙な位置で。
　

　相手の切り出し方を見守る不安な瞳は、だんだん熱をはらみ気分ものぼせてしまう。
　キスとはこんな物なのか、とぼんやり相手の唇を眺めていると、突然エアコンがガコンッ！　と大きな音をたて、我に返る。

「あー……暑すぎるとたまになるよね！」
「そ、そうだね！　この寮年季はいってるし……あ、出かける支度しないとね！」

　もし、何にも遮られなかったらどうなっていたのだろう。
　今日の所は、この事故が再び話題に出ることは無かった。

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