偶発的な事故だけどノーカウントを主張するか悩ましい｜リアクション

偶発的な事故だけどノーカウントを主張するか悩ましい

　夏休みだけれど制服に袖を通し、髪も二つの輪に結い上げて。白地に青文字がキリッと引き締まる腕章をつければ愛猫萌々子の風紀委員モードに入る儀式は完了する。
　桜花寮に響いたご機嫌な歌は、素行の悪い生徒が騒ぎに興じる良い口実となることを危惧し、萌々子は笛吹ぴりりと二人で敷地内をパトロールすることにしたのだ。
　周りを包む空気が変われば、人は気分に乗せられてしまう。そんな連鎖反応だったかもしれないし、本当にちょっぴりフシギな力が働いたのかもしれないけれど。

（これはちょっと……本当に風紀が乱れるかも知れませんね）

　浮き足立つ寮内の空気に、萌々子は一層気を引き締めた。一歩前を歩くぴりりの表情はわからないが、ホイッスルを握りしめしっかりとした足取りで歩く姿からは、断固としてこの空気に流される者を許さないという気迫さえ感じる。

「ねぇ聞いた？　ちゅーする日だって、センパイにお願いしたらしてくれるかな」
「えっ、終業式に告ってきた彼どうしたのよ」
「夏だよ？　遊んでこそじゃん。ってゆーか、その程度で怒るとか心狭すぎっしょ」

ぴーぴー！　ぴりりりり！

　ぴりりが警告のようにホイッスルを鳴らす。けれど、注意の言葉は続かなかった。
　話を止められた生徒から怪訝な視線を向けられ、萌々子は慌てて前に出る。

「あ……、お話中すみませんっ！　ですが、そういったお話はトーンを落として頂くか、お部屋で行って頂けると助かります」
「このくらいで？　お子様すぎでしょ」
「不特定多数と不純交遊を匂わせる発言は、ちょっと」
「はぁ？　めんどくさ……あっち行こ」

　バタバタと連れ立って歩くオシャレな同世代は、ある意味で『今』を満喫しているのだろうけれど。

「お子様、なんでしょうか。これくらい、皆さんには風紀の乱れでもなんでもないんですか？」
「いえ、そんなことは……！　確かに、微笑ましいと呼ばれる愛情表現の一種としてもありますが、夏というのは油断しやすい時期でもありまして、一つ羽目を外したら二つ三つとそれはもうっ！」

　キスがトリガーになり得る要素を語ろうとして、ぽかんとするぴりりが目に入る。

「……と、恋愛が主軸の作品では扱われるので、風紀委員として軽視はできません」
「やはり、己を律せない方には風紀の乱れに繋がると……」

　目くじらの立てすぎも良くないが、野放しにもできない。
　二人で改めて認識しあうと、ぴりりはまた廊下ではしゃぐ寮生を見つけ、ホイッスルを鳴らす。

「やば、風紀委員だ！　逃げよっ」
「ちょっと待ってください、階段を駆け下りたら危なっ……きゃーっ！」
「愛猫さん！？」

　踊り場まで、あと数段。ナニカを踏んだ萌々子は体勢を崩し、驚くぴりりに覆い被さるようにして盛大に転倒してしまった。
　彼女の頬に、キスをする形で。
　同室で着替えを見てしまうことはあれど、こんな接触をしたことはなくて、真っ赤になる頬を隠しもできず。
　即座に起き上がるも、萌々子は手を右往左往させながら言葉を探した。

「事故です！　そうですどちらも悪くないんですよ！　ねっ？　風紀委員の沽券にかかわる大問題になりかねませんから、2人だけの秘密にしましょう！」
「不純な動機は」
「あああありません！」

　普段持ち合わせているかはともかく、今この時にはない。はず。

「では、取り締まり対象外ですね。さあ、パトロールの続きに行きますよ！」

　背筋もピンと伸ばして歩くぴりりは変わらぬようだったけれど、恥ずかしさを隠すように口をかみしめ、いつもより握りこぶしに力が入っていたことなど、自分の恥ずかしさで手一杯の萌々子は気づかなかった。

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