デレデレなテオとイヤイヤなミラ　……みんなデレデレ空間！

「って……何この状況」
　三宅 ゆりはあたりを見渡して愕然とした。周囲の人々がなにかにデレデレしている光景は若干引く。
「三宅は今日もしっかりしているな。そして面倒見もいい」
　普段は厳しい表情を浮かべている事が多い（気がする）桐島 義弘が、満面の笑みで自分を褒める。頭も撫でられそうになったから「それは止めて」と手を払ったが笑顔で「自分の意見を言えるいい生徒だ」と褒めるばかり。
「義弘先生……」
　と少々ヤキモチ気味に見つめるのは宮祀 智瑜。彼女がちょっと涙目になっているように見えたのか、義弘は苦笑してぽんぽん、と智瑜の頭を撫でた。
「はうっ？！」
「ヤキモチを焼かないでくれ。宮祀も素敵な私の生徒だからな」
（せ、先生……）
　思わぬ展開に恋する乙女モードに入りかける智瑜だったが、首を振って我に帰る。
「あんたは普通みたいだね」
「ええ。でも、これが吸魂ミルちゃんの効果なのでしょうか……」
　智瑜はため息交じりに呟くが、聞き覚えのない言葉にゆりは「ミルちゃん？」と困惑する。
　視線を別の方向へ移動させると、長い黒髪を春風に靡かせた愛猫 萌々子がいた。彼女はというと……？
「今日も仲良しが一番なのです！」
「ええっ！　仲良しが一番！」
　と、ニコニコとした様子の笛吹 ぴりりと手をつなぎ、ニコニコテレテレしていた。
（え？　ぴりりってこんな子だっけ？）
　おもわず二度見するゆり。それはデレデレしている萌々子自身も思っている。
（うむ？　みんな仲良しでハッピーなはずなのに、何故か違和感を覚えます。胸騒ぎがしていますし……）
　萌々子は『もれいび』だ。この状況が神魂や吸魂ミルちゃんの所為である事は感じているが、その根源がどこなのかはわからない。しかも、デレデレしたい気持ちも膨れて、ついついぴりりとテレテレしてしまう。
「はいっ！　これでもっと素敵になりました」
　気が付くと、ぴりりは萌々子の制服のリボンを綺麗に整えてくれていた。その優しさに萌々子もまたテレテレしてしまう。
「次は私がぴりりちゃんのリボンを綺麗にしますね♪」
「ありがとうございます♪」
　と、彼女もまた自然とピリリのリボンを正していた。
「愛猫、笛吹！　二人とも、仲がいい事は実にいいぞっ」
　義弘が優しい笑顔でうんうんと頷いている。生徒たちのそういう様子が幸せらしい。その蕩けた表情に
（せ、先生のそう言う表情……独り占めできたらどんなにいいでしょうか）
　とちょっとヤキモキしてしまっていた。恋する乙女にはちょっと辛い状況なのかもしれない。
「んー……違和感があるのに、抜け出せません……。ぴりりちゃんかわいいしもっと仲良くしたいですし～」
　どうにか抵抗したい萌々子だが、テレテレしたい気持ちが抑えられずぴりりの頭をなでなでしている。
（誰か、私たち以外にデレデレしていない人たちはいないのでしょうか？）
　智瑜は、協力できそうな人を探すべくあたりを見渡した。

　この日、青山 絢は従姉妹である水谷 真優理と現場近くのカフェテリアでおしゃべりをしていた。途中までは普段通りクールな二人であったが……異変は少しずつ始まっていた。
　絢は何時になく真優理に優しい表情を浮かべ、見つめ続けている。真優理は不思議そうに彼女を見ているが、やめることはない。
　はたからみると、それは「憧れの姉を幸せそうに見つめる妹」の姿に見えた。
（やだ、私……、真優理さんの前でこんなにデレデレとしちゃっていいのかしら？）
　内心で自分の変化に戸惑う絢は、わけも判らずひたすら胸の奥からデレ倒したい感情に捉われている事を自覚していた。けれども、その感情を誤魔化す事は出来ないし、したくないな、とも思い始めていた。
　絢は真優理のが座っている向かいのベンチへ移動すると、甘えるようにちょっと身を寄せた。
「絢ちゃん……！？」
　いきなりデレてきた従姉妹の行動に、真優理はちょっとびっくりしている。だが、これはこれで嬉しいな、と素直に思う彼女もいる。
　真優理の視点で、『ツンデレ』で言えば少しツンな絢が……可愛く甘えている！
（かっ、かわいい……！　こ、これは……もうダメ～～！）
　真優理は、絢の頭をやさしくなでなでし始めた。人前だろうが関係は無い。絢はかわいいのだから。
　なでなでされた絢は、とても幸せそうに瞳を細める。
（嬉しいなぁ！　真優理さん、優しくて……もっとデレデレしてしまうわ！）
「かわいいっ！　絢ちゃん、とってもかわいいわよ♪」
　真優理の言葉にちょっと頬を赤くした絢は
「真優理さんも、優しくてきれいで、大好きです！」
　と、幸せそうな顔でそう言った。
（周りが恥ずかしさのあまり目を背けたくなるような『ベタ甘空間』を醸し出していたとしても別にかまわないわ。だって私は真優理さんのことが……！）
（世間の風評なんて知った事ではないわ！　絢ちゃんがとっても可愛いんだもの、可愛がって目でなくちゃ損だわ～～♪）
　お互いに他者の目を気にせずデレデレしあい、お菓子の食べさせ合いとか始めた。おまけに周りの人間たちもなにかにデレデレしてしまって彼女たちの行動など目に入っていない。元に戻ったとしても彼女たちの事をどうこう言う者はいないだろう。
「……めちゃくちゃデレデレしてる……」
　同じカフェテリアにいた桜井 ラッセルは、絢と真優理が『仲良し姉妹のじゃれ合い』にも、『百合な姉妹のイチャイチャ』にも見えるぐらいシロップとチョコと蜂蜜と練乳をベタベタかけてドロドロにしてホイップクリームをたっぷり添えたような強烈な甘ったるいデレデレラブラブ空間を目撃してしまっていた。そう言う嗜好がある人間が見れば尊さで気絶するかもしれない。
　テオの声も聞こえてはいたが、目撃してしまうとなんか強烈な影響を受けるのだな、と危機的状況を実感する。
（うおう……またカオスなことになってんな……コレ）
　様子を見ようと外へと出てみるも、あっちでデレデレ、こっちでデレデレ。周りの人間が皆なにかにデレデレしているのだ。
（だけど俺にはそんな気持ちは湧いていない……。他にもそういう人を探してみよう。協力し合えるかもしれないし！）
　ラッセルは一旦店に戻ると、とりあえず誰もいないカウンターに支払い分のお金をカウンターに置いた。
（よっし！　まず俺と同じような人間とこの原因を探す！　気合入れていくぞ！）

　その頃、カフェテリアからちょっと離れた場所では……。
『ミラ♡　俺のミラは世界一かわいいにゃ～ん』
『テオさまぁ～♡　ゴロゴロ～』
　灰色と白の毛並みをもつ猫のテオドロス・バルツァが愛らしい白猫のミラ・ペプロメーノにスリスリして毛づくろいしているし、ミラは甘えるようにゴロゴロ喉を鳴らし、幸せそうな顔をしている。
（あぁ、猫同士仲がいいな）
　と、テオとミラの様子を見て和んでいるのは、ガタイのよい会社員・恵御納 久隆。彼はどこかほっこりした表情を浮かべながら腕に抱き着く女性の頭を撫でた。妻である恵御納 理沙だ。彼女は夫がよそ見をしている事に気付き愛らしく頬を膨らませる。
「旦那様、今日はのんびりデートしましょ♪　もうっ、旦那様の妻は私なのっ！　浮気はだーめ♡」
「見ていたのはネコだが……確かに、浮気は良くないな……」
　申し訳ない、と言いつつ理沙にミラとテオの様子を見せると「あらっ！」と頬を赤くする。おもいっきりミルちゃんの影響を受けまくった夫婦はテオとミラに負けないくらいデレデレし合っていた。普段から仲の良い夫婦が更にデレデレし合うと砂糖が吐けそうな気がする。先ほどの絢と真優理と負けないぐらい甘い雰囲気が漂っているがまた系統が違う。熟年夫婦が心の底からデレデレし合うとなんか貫禄があるようにも思えた。
「私達みたいに仲がいいのね～　かわいいわぁ♡」
「そうだな。かわいいな……。君の方がもっと可愛いが」
「もぅ♪　旦那様ったらぁ♡」
　と恵御納夫妻はミラとテオを見つつも互いにデレデレ……というよりイチャイチャしていた。とてもアツアツだった。普段はほっこりする夫婦がよりほっこりする雰囲気を醸し出していた。