寝子島あやかし譚　蟹坊主｜リアクション

寝子島あやかし譚　蟹坊主

◆
「答えはカニだ！」
　響蒼留人が叫ぶと、今まさに振り下ろされようとしていたハサミがピタリと停止する。
　その隙に雑草をかきわけて疾走。竹刀の一閃を叩き込み、パァン！と派手な音が響く。その一撃は蟹坊主を怯ませるも、甲殻にはヒビひとつつけられていない。
「やっぱ割れないか」
　もとより怯ませることに重きをおいた一撃だ、それは大した問題じゃない。
　蒼留人は竹刀を構え直すと、葉月と滴の二人と蟹坊主の間に立った。
「助かったわ」
「どういたしまして。今のうちに」
　逃げられるかと肩越しに振り返り、葉月の腕にまとわりついたままの泡に気づく。
　視線を戻すと、体勢を立て直した蟹坊主が威嚇するようにハサミを振り立てていた。正解してはいおわり、というわけじゃあなさそうだ。ならどのみち、このまま放ってはいかない。
「あのカニは俺が引きつける。それがなんとかなったら逃げてくれ」
　その矢先だった。蟹坊主が腹から泡を吹き出して、二回りほど小さな子ガニを三体生み出す。
　シャキンシャキンと響くハサミの合奏に、蒼留人は思わず顔をしかめた。
「くそっ、増えるのかよ」
　子ガニが一斉に動き出す。
　中央が横殴りに振るうハサミを、蒼留人は身を屈めて回避。続けて左が顔を狙って繰り出す突きを、右へ大きく踏み込んでかわす。
　掠めた刃先が二の腕のあたりを浅く切り裂き、一瞬走る焼けたような痛みに蒼留人は小さくうめきを上げた。
　避けた蒼留人の踏み込んだ先へ、蟹坊主が泡を放つ。
「うわっ！？」
　飛び退いてなんとか避けたところへ、右の子ガニが側面へまわりこんでくる。爪下あたりから切り払い、
「これならどうだ！」
　返す刀で子ガニの目に向けて袈裟斬り。
　竹刀が直撃すると、子ガニは泡を噴いて倒れ込む。
「っしゃ、目を狙えばいける！　――っと！」
　素早く接近する中央と左の子ガニ。そのハサミをかわした蒼留人が蟹坊主へと視線を向けると、一人の女性が歩み寄っているところだった。

　四夜五栖手蹴が妙な気配を感じて訪れてみれば、他のあやかしが人間を襲っている最中で。
　この島を活動領域としている手蹴にとって、それは迷惑極まりないことだった。
「人間に危害を加えて波風立てられると迷惑なので止めてください」
　戦闘は非合理的で、可能ならば話し合いで事を済ませたい。あるいは同類ならば聞いてはくれまいかと説得を試みる手蹴だったが、
「──両足八足。横行自在にして、眼は天を差す。これ、如何に？」
　返ってきたのは定型文の謎かけだった。話し合いの余地は無いらしい。
「なら仕方ありません」
　謎かけには答えず、手蹴は軽く息を吐く。
　うぞ、と。
　その背中が蠢き、蟹坊主の繰り出したハサミを受け止めた。
　瞬間、手蹴の姿が妙齢の女性のものから変貌をとげる。タールでできたアメーバのような、不定形の粘液の塊のような真の姿へと。
　ハサミを受け止めていた触手がさらに無数に別れ、絡め取り、もぎ取ろうと蠢く。
　蟹坊主は力任せに触手を引きちぎると、反対のハサミを振り上げた。
　手蹴は周囲の樹々へと触手を巻きつけ、巻き取る勢いで移動。ハサミをかわし、蟹坊主の死角へとまわりこむ。
　蟹坊主も最小限の横歩きで素早く旋回、粘性の泡を吐きつける。
「――む」
　泡が命中。べたつく粘つきが、手蹴を木の幹に釘付けにする。
　接近する蟹坊主を前に、手蹴は身体を変形。泡の付着した部位を最小限にまで小さくしぼりこむ。
　繰り出されるハサミにあわせて一気に身体を伸長、その最小限の部位だけを断ち切らせ、残る全身はそのまま隣の木の枝に巻きついた。
　巻き取るようにして移動し、伸ばした触手をカニの八足へと絡みつける。
　絡みつかれたまま横歩きし、触手を無理やり振り払おうとする蟹坊主。が、伸縮自在の手蹴の身体はそう簡単には千切れない。
　ならばとばかり、蟹坊主は腹から新たな子ガニを生み出した。現れた子ガニが、ハサミで触手を切り刻む。
「美味しそうな蟹が増えるのは歓迎ですが、少し厄介ですね」

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