俳句、やってみませんか？｜リアクション

俳句、やってみませんか？

●寝子島の新たな一面

　水槻清恋が寝子島に赴任してそろそろ３か月目に突入する。赴任して早々、大きな事件に出くわして多忙だったが、だいぶ状況も落ち着いてきた。
　そんな中で迎えた非番の日。少しは寝子島のことを知っておこうと思い、特に目的を決めず島を巡る。

（知ってるようで知らないことが多い）

　自分が普段過ごしている旧市街でさえ、知らない場所が色々ある。他の地域にもきっとこういった場所がいくつもあるだろう。そう思いながら歩いていると、俳句イベントの告知ポスターを見つけた。どうやら近くに受付会場があるらしい。

（俳句ねえ……）

　大学の一般教養で受けた国文学の授業で作った気がする、とぼんやり思い出す。

（あの時どんなのを作ったのか忘れたけど……忘れるくらいだから大した句を詠めなかったような気がする）

　俳句に詳しいわけでもないし、特に興味もない。そのまま散歩を続けようと思ったら声を掛けられた。

「あの」
「はい？」
「よろしかったら俳句、やってみませんか？」

　おそらくイベントの関係者だろう。清恋はなんとか躱そうとするのだが、押し切られてしまい、気が付いたら手には一筆箋と筆ペンが握られていた。

「……何をどうすればいいわけ？」

　彼女は途方に暮れた。俳句の授業のことを思い出しても何も出てこない。佇むしかない彼女のもとに野々ののこが現れた。その手には清恋と同じく一筆箋があった。

(この子もイベントに参加してるのかな？)

　そう思っていると、ののこが口を開いた。

「お姉さんも俳句ですか？」
「え、ええ……」

　元気いっぱいな声に少し驚く。どうやらののこは俳句のテーマを探そうと寝子島中を巡っているらしい。清恋は特に書こうというテーマが決まっていないので、ののこに引っ張られるように一緒に２人で寝子島を巡ることにした。
　とりあえずシーサイドタウンから星ヶ丘へ抜け、それから旧市街へ戻る。その間、ののこはうんうん唸っていた。どうやら彼女も清恋と同じで、俳句に詳しいわけではなさそうだ。２人とも筆が止まったまま時間だけが流れる。

「まいったな……全然思いつかない」

　彼女はどうにか旧市街と星ヶ丘をモチーフに２つほど句をひねりだす。

【風鈴の　音に重なる　蝉の声】

【夏の陽に　海風薫る　白き街】

「……なんか黒歴史になりそう」

　率直な感想はこれだった。
　思ったことや感じたことを書いていて、とても真っすぐな句になった。だけどこれが俳句としてどうなのか、清恋自身が判断できなかった。

「まぁ……いいか」

　清恋はこれ以上考えるのを止めた。
　ののこもなんとか一句書き上げたようで、再び引っ張られるように受付会場に戻ると２人とも書いた句を提出した。
　清恋の句は他の参加者の句と一緒に会場に張り出された。書いた句の良し悪しはやはり分からないが、歩き回るときに見た寝子島の景色がそこに書かれているような気がした。

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