保健室ではお静かに / 休み時間の過ごし方｜リアクション

保健室ではお静かに / 休み時間の過ごし方

●居心地のいい場所

「鷲尾センセーいる～？」

　桜井ラッセルは保健室の扉を開けた。
　部屋のなかで仕事をしていた鷲尾礼美先生は顔をあげて、ラッセルの方を見た。

「またどこか怪我したの？」
「今日は違うよ～。これ、この間のお返しのクッキー」

　そう言いながらラッセルは『にゃんぱらクッキー詰め合わせ』を取り出す。
　先日、擦りむいたところを治療してもらったお礼だという。

「あ、お菓子持ってくるの駄目だった？　でもどーか見逃して！　場所提供とか世話になってる分、なーんかお礼したかったんだよなー……」

　先生はそれを受け取って、ラッセルへ腰掛けるように促した。
　お菓子の持ち込みはあまり良いとはいえないが、今回は見逃してくれるようだ。

　ラッセルは椅子に座ってぼんやりと窓の外をみる。
　遠くに聞こえる笑い声や風が心地よくてラッセルは口笛を吹くが、自分の行いに気づくと自重する。

　彼は保健室のなかをぐるりと見まわす。
　ここは不思議な場所だ。思わぬ怪我や病気の時に訪れる場所なので、できれば来ないほうが良い。でも、どうにも居心地がよくて、ついつい長居してしまう。
　そんな空間で彼が何をしているかというと、机に向かって鳥の絵を描いている。スケッチブックのようなものは無いから、鉛筆でメモ帳やプリントの裏に描いていく。

　これらは次に作る木彫りのデザイン案だ。
　最初は木片で別のものを進めようかと思ったが、木くずで部屋を散らかすのは悪いと思って止めた。次々に描いていくが、だんだん筆が遅くなっていく。ラッセルは先生のほうを向いた。

「なー、なー？　動物のどんなポーズに萌えるとかある？　何との組み合わせがキュンとくるとかさ」
「ちょっとよく分からないわね……例えば？」
「例えばかぁ。前にでっかいパンのクッションに挟まってる犬をみてホットドック癒されるなー…とか思ったんだけど、ネタねーかなぁなーんて」
「そうねぇ……」

　動物園やテレビ、外で見た様子を思い出しながら考えてみる。のびをしている猫、はしゃいでいる犬、寄り添っているスズメなど。他にもカバやキリンなど、話を膨らませる。
　ラッセルの目線は紙に向かったまま、その会話を基に鉛筆を走らせる。

「どんな感じ？」
「ヤダ」

　近づいてきた先生に見えないように、紙の上に覆いかぶさる。そのささやかな抵抗で彼女はあっさり引き下がった。しばらく描き続けていると、彼は不意に手を止めて、声をあげた。

「あ！」
「どうかした？」
「いや、前から頭の隅に引っかかってたこと思い出した」
「何を思い出したの」
「アレルギーってさ。完治したり抑えることってできねーの……？」
「唐突ね」
「できませんか……？」

　真剣な様子に先生は少し驚きつつ、言葉を返す。

「アレルギーは個人差もあるから絶対と言い切れないけど……キミは、何かのアレルギーなの？」
「俺は健康体だけど、エビとか蕎麦とか。あと……猫とか。他にもダメな奴がいるから聞きたくなってさ」
「そう……あくまで参考程度でよければ」

　ラッセルは彼女の話に耳を傾ける。一通り説明を聞き終えると、お礼を言ってから再び絵を描き始めた。次に聞こえたチャイムを合図に、彼は保健室を後にした。

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