『NYAN☆DO』行こう！｜リアクション

『NYAN☆DO』行こう！

　　　３

　椎井莉鳥がやってきたのは、午後四時近くになってからだ。
　莉鳥はここしばらく、忙しい。
　陸上部の最上級生として、後輩たちの面倒を見なければならないし、自身の引退試合になるであろう県大会の予選は来月だ。
　保健委員会の委員長にもなったし、何より、来年は受験――つまり彼女は受験生なのだ。
　それ故、部活が休みである今日は勉強に勤しんでいたのだが、どうにも気が乗らず、遂にペンを放り出した。
　気分転換を図ろうにも、受験生としては堂々と遊ぶのも気が引ける。莉鳥はスマホ一つを持って散歩に出かけ、そこで「ＮＹＡＮ☆ＤＯ」オープンを思い出した。
　必要な物を買うなら遊びにはならないだろう、と考え、莉鳥は店に寄ったのだ。
　さすがに並ぶ客はいなかったが、店内はまだまだ混雑していた。
　莉鳥はまず、生活必需品としてハンガーと洗濯バサミ――外干しは劣化しやすい――を買った。それから衣料品コーナーに向かうと、期間限定コラボ商品である「ajidas」ロゴ入り限定トートバッグが二つだけ残っていた。それをさっとカゴに入れ、次に部屋着用のＴシャツやタンクトップを見に行く。
　目につくのはライムグリーンなどの緑系統だ。特に好きというわけではないのに、ついその色を買ってしまうのはなぜだろうと思っていると、背後から声をかけられた。
「椎井さん？」
　振り返ると、東門巧が立っていた。人に話しかけておいて、「しまった」という顔をしているのは、どういうわけか。
「いや、その、知り合いに会うとは思ってなくて……」
「意外と言うなら、あなたがここにいることの方が意外だけど？」
　徹底的なインドア派、なんなら引きこもりであった巧である。オープン初日の混雑すると分かり切っている店にいるとは、思わなかった。
「いやその、色々と理由がありまして……」
「理由――ああ、そうね」
　見れば巧のＴシャツがぐっしょりと濡れている。莉鳥はつい、顔をしかめてしまった。替えのＴシャツを買いに来たのだろう。だが、
「ジョギングでもしたの？」
「まさか」
「そうよね」
　東門巧に限って、運動などするはずもない。それにしても、短パンにＴシャツという、五月にしてはいささか涼しすぎる格好も妙だ。
「私もＴシャツを探しているの。一緒に回る？」
「えー、ええ、まあ、そうですね」
　巧は躊躇っていたが、うまく断る言葉を見つけられなかったらしい。トボトボと莉鳥についていく。
「何色がいいの？　白？　黒？」
「ええと、白で」
「たまには違う色にしてみたら？　赤とか」
「…………やっぱり白で」
　莉鳥が手にした真っ赤なＴシャツを頭の中で試着し、巧は嘆息した。
「そういえば、最近はどう？　変なトラブルに巻き込まれてない？」
　巧は厄介ごとに巻き込まれやすい体質なのだ。莉鳥と初めて会ったときもそうだった。
　ここ最近の出来事を思い浮かべ、近頃はそれほど、と巧は答えた。最後のトラブルは、二足歩行の猫相手の宝探しだった。
「そっちこそどうなんです、先輩と――」
　棚の前を歩いていた莉鳥の足が、ぴたりと止まった。
「どうって、何が？」
　莉鳥の声は硬い。だがそこで、地雷を踏んだことに気付かないのが巧である。
「だから、先輩と連絡取り合ってるのかなって。確か京都に――」
　言いかけたところで、顔にカゴがぶつかった。
「な、何すんですか！」
　巧は非難の声を上げたが、莉鳥の顔が憤怒に燃えているのを見て、口を噤んだ。
「あんな奴のこと……聞かないでよ……！」
　幼馴染で腐れ縁の元カレが京都に行って、一か月以上になる。二人の関係は、彼が寝子島を出て終わった。
　終わったのだ、と莉鳥は自分に言い聞かせてきた。必要以上に忙しくしていたのも、そのためだ。余計なことを考えないように。
「思い出しちゃったじゃない……！！」
　苛立ちを抑えきることが出来ず、莉鳥は店を飛び出した。飛び出して、とにかく走った。走って走って走って、何もかも、頭の中から追い出そうとした。
　頭にカゴの中身をぶちまけられた巧は、呆然としたまま、店に取り残されたのだった。

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