装飾譚：女性の靴「Cendrillon」｜リアクション

装飾譚：女性の靴「Cendrillon」

特に用事もない朝。
朝鳥さゆるは星ヶ丘の自宅でぼんやりと目を覚ました。低血圧の彼女にとって目覚めのいい朝など滅多に来ない。起き抜けのシャワーを浴びてようやく頭がすっきりしてきた。
どこかに行こうか。
やることもなく退屈な彼女の目にサンドリヨンの紙バッグがうつった。ここでいいか、と、さゆるは外出の準備を始めた。ノースリーブの白いシャツにデニムのショートパンツを合わせる。シルバーのアクセサリーもいくつか身に着ける。シンプルなコーディネイトも長身のさゆるが着るときまって見える。十五歳の高校生には見えない外見だ。

さゆるがサンドリヨンに到着すると、秋の新作コーナーに珍しい髪の色の外国人の姿があった。ヴェスレーナ・グレウィクだ。バイト代もあるため資金は十分。いや、元々令嬢の彼女が資金に困るはずもないのだが。
「すみません。この二―ハイブーツ、色違いも出していただけますか？」
丁寧な口調でヴェスレーナが店員に頼んでいる。黒・白・茶の３色の二―ハイブーツが並んだ。
あの靴はいいかもしれない、とさゆるが黒のブーツに興味を持った。背が高くクールな印象のさゆるは似合うものが限られている。この前買った秋物の服とも相性がよさそうだ。
「あら。もしかして、こちらの靴をご希望ですか？」
視線に気が付いたヴェスレーナがさゆるに声をかける。さゆるは、ええ、と返事をした。
「黒が気になって……日本語、お上手ね」
「お褒めいただいてありがとうございます。寝子高に留学しているんです」
「そうなの。なら、同じね。あたしは朝鳥さゆる」
「ヴェスレーナ・グレウィクです。よろしくお願いします」
さゆるは自分も寝子高生だと伝えた。もっとも、あまり真面目に通ってはいないのだが。
さゆるは自分のサイズの黒の二―ハイブーツを試着してみた。悪くない。
「お似合いですよ」
「ありがとう、ヴェスレーナはブーツを買いにきたの？」
「はい。私もこちらが気になっていて……日本の方とは足の形が少し違うので選ぶのが大変です」
ヴェスレーナいわく、日本の靴だと横が少し広いらしい。そういうものかとさゆるは納得した。それにしても、黒白茶と色違いでブーツを購入してしまうこの外国人……ずいぶん思い切った買い物をする。しかもまだ買う気のようだ。
「私、スポーツが好きなんです」
そう笑って、ヴェスレーナはテニスシューズとフットボールスパイクを１足ずつ買った。色はオレンジである。
「オレンジ色が好きなのね」
「ふふ。オレンジは私の国、オランダでは特別の意味を持つんです」
ヴェスレーナの故郷・オランダでは建国の父であるオラニエ公にちなんでオレンジがナショナルカラーとなっている。オラニエは英語でいうところのオレンジなのだ。
「オレンジを選ぶということは、故郷と共に頑張るということなのですよ」
ヴェスレーナはシューズを胸に抱えて温かい微笑みを浮かべた。
「そうなのね……これからはオレンジ色を見たら、その話を思い出すわ」
「学校でもまた会えますよ」
「そう、ね」
さゆるは視線を軽く逸らした。
今日の服装に合いそうな黄色のスニーカーも購入してヴェスレーナと別れる。住んでる地域も星ヶ丘同士で近いし、機会があればまた会うかもしれない。
「スポーツの秋ですし、今度ぜひサッカーやテニスでご一緒しましょう」
「スポーツ……しばらくやっていなかったけど、そうね、誘ってもらえると嬉しいわ」
さゆるの返事を聞いて、ヴェスレーナがにこりと笑った。

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