春模様の参道商店街｜リアクション

春模様の参道商店街

●着物が似合うお嬢様の正体

　楡宮遠海はこの日、用事があって寝子島を訪れていた。
　しかし朝一に自宅を出てきたにもかかわらず、規格外の方向音痴ゆえに、用事を済ますことが出来たのは午前１０時過ぎだった。この事態には遠海自身も呆れていた。

（どうにか用事は済んだし、よかったかな……）

　それから再び歩き出したものの、また迷子になり気づけば参道商店街へ着いていた。

（どうしよう……お腹空いた……）

　まったく予定していなかった場所だが、着いてしまった以上仕方ない。
　ここでなにか食べていこうと思い、ふらふら歩いていると声を掛けられた。

「着付け体験はいかがですか」

　呼び止められて、声のほうを見ると『きもののさくら屋』という看板が目に入った。
　この呉服屋では、いま春物の着物の着付け体験をしているらしい。そして誘われるままに着付け体験をすることになった。

　店内には様々な着物が並べられており、上品な印象のものから気軽に楽しめるものまで揃っている。
　そのなかの一着、全体的に暖かな色調で、桜の花をあしらった可憐な着物を着てみることにした。

（いい感じじゃない）

　いざ着てみると、実によく似合う。　
　見た目だけなら清楚な鎌倉の名家のお嬢様然とした美少女。この着物は商店街で過ごす間はレンタルできると聞いて、着物姿のまま店を出た。

　まるで舞い散る桜が着物に溶け込んだような色合いは、外を歩くとさらに魅力的に感じられた。
　そんなことを思いながら商店街を散策すると、なにやら食欲をそそる匂いが流れてきた。

（そういえば、ここに来てからまだ何も食べてなかった……）

　遠海はその匂いに誘われるままに歩を進める。向かった先で待っていたのは春色どら焼きだった。しかもちょうど焼きあがったところだ。

（じゅるり……もう我慢できない！）

　遠海はさっそくそのどら焼きを購入すると口に運ぶ。
　
「おいしい！」

　温かい生地はふんわりとした食感で、中に入っている餡も程よい甘さに仕上がっている。夢中で食べていると、あっという間に完食してしまった。

　このどら焼きを皮切りに老舗の桜餅、よもぎ餅、桜大福、お花見三色団子。
　さらにチェリーフレーバーのチョコセット、ねこおとめパフェ、ねこおとめソフト、ジェラート、さくらと抹茶のスムージーなどを平らげていった。もしかしたらこの商店街で売られている食べ物や飲み物を全制覇したのではないか。
　この勢いは人目を引いたが、遠海は気にせずマイペースに上品に味わいながら食べる。

　規格外の方向音痴な彼女は、実は規格外の食欲魔人だった。
　着物も食も満喫した遠海は、呉服屋に着物を返却すると商店街を後にした。

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