春の嵐｜リアクション

春の嵐

〇たまには人物画を

（雨凄いなぁ）
　桜花寮の自室で、朝食を終えた小山内海は窓から外を眺めていました。
　せっかくの春休みですが、窓が洗われているような大雨です。
（今日はお気に入りの高台の広場に行こうかなって思ってたんだけど……さすがにこの天気じゃ行く気にはなれないかなぁ）
　高台までの階段は結構急なので、滑ったりしたら危ないという問題があります。
　万一ケガをして動けなくなったりしたら、病気で声を出せない海は誰かが通りかかるのを待つしかないのです。
（そういうことで今日は寮の自室でおとなしくしていよう）
　海は外出を諦め、部屋を見回しました。
「すう……ぐう……」
　規則正しく聞こえているのは同室の野々ののこの寝息。
　起きてくれれば話し相手になるでしょうが、これでは期待できません。
　最近部屋替えで一緒になったばかりですが、ののこを起こすのは簡単ではないということは翌朝すぐに気づきました。
（でも予定が無くなっちゃったから暇になっちゃったな）
　ののこの寝顔を見ながら海は考えます。
（何か描こうかな……そうだ！）

「ん……むにゃむにゃ」
　ののこが寝ぼけ眼を開いたのは、それからずいぶん経ってからでした。
『ののこちゃんおはよう』
　海は描いていたスケッチブックを置き、メモ帳を取り出して笑顔でののこに挨拶の文を見せます。
「おはよう。……何描いてるの？」
　ののこは、海が手にしたスケッチブックに気づきました。
『ののこちゃんの寝顔だよ』
「えっ？！」
　メモ帳にさらさらと書かれた言葉にののこはびっくり。
『ののこちゃんがぐっすり眠ってるところ見たらなんか描きたくなっちゃって』
　そう書いて見せた海は、スケッチブックをののこのほうに向けました。
『似てるかな？』
　鼻も口も顔の形も、寝乱れた髪の毛も、それはののこの特徴をよく捉えていました。
「すごい！　似てる！　……と思う。自分の寝顔は見たことないけど！」
『そうだね』
　ののこの反応に海は微笑みました。
　感心したものの、ののこはちょっと不満そうに口をとがらせます。
「どうせなら起きてる時の顔描いてほしかったなー」
『それじゃ、せっかくだからののこちゃんモデルになってもらっていいかな？』
「えっ？　うん、いいよ！　海ちゃんって風景はいっぱい描いてるけど人も描くんだね？」
『普段はあんまり人物画は書かないんだけど今日はそういう気分なの。よかった、ありがとう』
「でもちょっと待って、着替えて髪とかすから！　あとごはんも！」
　ののこは大急ぎで身支度を整え、食事を始めます。
「あー、まだ描かないでよね？」
　口の脇をソースで汚しながら言うののこがおかしくて、海は笑みを漏らすのでした。
　
　食事を済ませたののこを、海はいよいよ描き始めました。
「できたー？」
『まだまだ、もうちょっと動かないで』
「うーん、動けないと飽きちゃうな～」
　3分も経たないうち文句を言いだすののこに、ちょっと困った海はいいことを思いつきました。
『あ、ののこちゃんも描いてみる？　描きっことかしてみない？』
「えっ？　面白そう！」
　ののこはさっそく自分のペンケースとスケッチブックを持ち出し、海の顔をまじまじと見つめます。
「よーし、描こう！」
　二人は向かい合ってお互いの顔を描くのでした。
　ののこは真剣な顔でうなりながら海の顔を描きました。
「どう？　似てる？」
　描いた絵を見せてもらって海はちょっと首を傾げました。
　似ているとは思えませんが、楽しんで描いているのがよくわかる元気な絵でした。

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