ンモ～っ♪　新春☆初夢フェア２０２１！　～鷹編～｜リアクション

ンモ～っ♪　新春☆初夢フェア２０２１！　～鷹編～

●夜の怪物

　僕は怪物だ。
　サキリ・デイジーカッターという名の夜の怪物だ。

　昼間はくすんだ色のシャッターの並ぶ薄汚いところなのに、夜になると煌びやかに目を覚ます街がある。まるで羽根を閉じているときは灰色で目立たないのに、羽根を開いた途端にけばけばしいほど鮮やかな模様を見せつける毒蛾のように。男たちは煙草を噛み、女たちはヒールを履いて路地のそこかしこに蔓延る裏暗さや闇深さに身を寄せている。僕はそんな街の匂いに嫌悪感を抱きつつ、一方でどこか安心もしていた。子どもの頃暮らしていた街の匂いに似ているからだ。あそこにはまともな大人なんていやしなかった。とはいえ愛のようなものはあったと見えて、僕はひとまず少年と言う年まで大きくなれたけれど。
　ときどき無性に恋しくなることがある。
　殴られる痛み。
　口の中に溢れる血の味。
　切り裂くときのエクスタシー。
　よく研がれた刃物だけは絶対に裏切らないと知った日のこと。
　僕の目の前には、女を騙して夜の世界に引きずり込もうとしていたくだらない男が尻もちをついている。金に染めた髪に、赤のシャツ。はだけた胸元にはゴールドのアクセサリが鬱陶しいほどぶら下がっている。いったいそれでなにを誇示しようとしているのだろう。
「None shall past. If ye wish, Ye shall die.」
　低く唱えると男は弱い犬の威嚇のように「ハ？」と聞き返す。
　意味を答えてやる気はない。男が瞬きする間もなく、僕のマチェットは男の首筋の皮を一筋薄く切り裂いている。ぷつ、と筋に沿って血が丸く珠をつくる。悪趣味な金のネックレスより余程似合う首飾りだ。神から借り受けた瞬間移動の力、＜斬空赤刃＞を使った僕の双眸は血の色と同じ朱い光を湛えているだろう。
「望むかい？」
　――死を。
　男はもう答えられず、ひ、ひ、ひ、と壊れたレコードみたいに上ずった悲鳴を繰り返して這うようにして逃げて行った。
　僕は路地の反対側を振り返った。男に騙されかけた安っぽいドレスの女がガタガタと震えている。
　一歩そちらに近づくと、女は顔を引き攣らせ、激しく首を振って拒絶した。
「こ、来ないで……怪物……！」
　僕は立ち止まり、僕の影を見た。ジジと音を立てて点いたり消えたりしている街灯の光に映し出されたそれは、僕の心の刃のように無数に尖って赤と黒に明滅していた。
　女の言葉に感じたのは、悲しみだろうか。悔しさだろうか。……いいや違う。その瞬間、僕は僕の中に膨らむ衝動に気が付いた。僕は同情するには愚かすぎるこの憐れな女の首を見た。それから闇に閃くマチェットの美しさを想い、恍惚とした思いに囚われかける。
　――誰も過ぎ去ってはならない。あなたがたが望むなら、あなたがたは死ぬでしょう。
　僕は一歩、彼女から離れた。そのまま無言で後ずさりし、僕の身体が完全に闇の中に入ったのを確かめると、＜斬空赤刃＞でその場から一瞬で姿を消した。

　僕が移動した先は、夜の街並みを見渡せる高い塔のてっぺんだった。
　風は強く上空を流れる雲は疾かった。
　肩の長さの銀の髪が風に嬲られて頬を打つ。
　切るような寒さが刃物のようで心地良かった。
　僕はしばらく目を閉じて、肚の中の恍惚とした欲望がおさまるのを待った。
「僕は怪物だ」
　僕には人を切り裂く力がある。
　けれど――僕は力をコントロールできる。
　だからいつか闇が僕を飲み込むのが怖いかと言われれば、それはＮＯだ。
　僕の中には闇に耐えられるだけの過去が充分蓄えられている。
　僕は強い。怪物であることに僕は耐えられるはずだ。
　灰色のビルの隙間から、輝く朝日が昇って来た。
　夜は終わり、怪物は人に戻る時間だ。

　光線があたりを白く染め、キューブパズルの面が組み変わるようにぱたぱたと景色が変わってゆく。

「……分かっているよ。どうせ夢なんだろう？」