菓子無きディストピア｜リアクション

菓子無きディストピア

尾鎌蛇那伊は道の先でもめる女性と黒崎先生率いるお菓子取り締まり組織の武装警察に気づき、身を隠した。
「やだわ、最近黒崎先生ったら気合入れちゃって」
　道行く人のお菓子を取りあげる彼らの姿は珍しくなくなっていた。蛇那伊は目を細める。
「さすがに目にあまるわよ？　黒崎先生？」
　前々から機会を伺っていたのだ。お菓子を取り上げられる女性には悪いが、あれらをどこに持って行くか見るには丁度いい。追跡してみよう。
彼らの恐怖政治を暴きたいところだ。
「やめて下さい……！」
　飛び出して行って、助けたいところだが、ぐっと我慢。
「あたしが絶対に、取り返してあげるから」
　泣き崩れる女性に背を向けて、去って行く警官達。
「それじゃ、行こうかしら」
　追跡開始だ。
　九夜山のどこかに巨大倉庫があり、そこにすべてのお菓子が集められているとのうわさだ。
　蛇那伊はポケットに忍ばせた飴玉を確認し、武装警官について行くと、噂通り、九夜山の入り口へ入って行く。徐々に気配を消すのが難しくなってきた。
「誰だ！？」
　枯れ葉を踏んでしまったらしい。音がしたのだろう。
　木の陰に隠れ、飴玉を口の中へ。
これで蛇那伊は不思議お菓子パワーの恩恵が受けられる。その名も『飴を舐めれば見えなくなーる』だ。気配どころか姿も消すことが出来る。
（こう言うのはそのまんまのネーミングの方が伝わりやすいのよ。このお菓子パワーは飴を舐めてる間、他人から姿が見えなくなる。足音や臭いに注意して振舞えば、これほど尾行向きの能力もないのよね）
　これで彼らの目的地へついて行くことができる。

　楡宮遠海は膝をつくサラリーマンを冷たい目で見下ろした。
「頼む！　一日の終わりに甘いものを食べたいんだ！」
　遠海は男性から取り上げたクッキーやフィナンシェ、マドレーヌなどの焼菓子を掲げた。
「お菓子は禁止、分かってるわよね？　これは没収よ」
「くっ……いつまでこんなことをさせられなきゃならないんだっ」
　遠海に飛び掛かろうとする彼を男性警官達が羽交い絞めにして止める。
「楡宮班長、どうしますか？」
「法令違反ね。逮捕よ」
「はっ」
　彼らは敬礼をする。
　遠海が武装警察に入ったのには理由がある。それは単純なこと、ありとあらゆるお菓子を禁止された寝子島で唯一それに手が届く職業だからだ。
　若くして見回り班の班長を務める遠海は、規格外の食欲魔人である。鼻がきくため、隠し持つお菓子を探すのは得意なのだ。
　男性警官達がひそひそと話を始める。
「さすが、楡宮班長、黒崎総裁から信頼されているだけあるな」
「滅茶苦茶優秀だもんな」
　そんな噂をされるのは悪くない。しかし、
（あの男性、かなり隠し持ってたのね。これなら、一個づつ頂いてもバレないはず）
　遠海の目的は没収したお菓子を盗んで食べることにある。そのためなら、優秀な武装警察を演じてみせる。帰宅後のお菓子タイムに遠海はゾクゾクと体を震わせた。
（こんな風にして食べるお菓子はとても甘美。いくらでも食べられちゃう）
　いつかはバレるだろう、だからこそ、野望の準備を始めることにする。
（黒崎を失脚させて、武装警察の長に、私はなるっ！）

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