マンションを漂う怪異｜リアクション

マンションを漂う怪異

●ほらすきま風が泣いている

　携帯電話のシャッター音が響き渡る室内。るるかの表情には僅かな不満が表れている。浴室をバァーンと開き、RPGみたいにクローゼットや戸棚を漁り、写真は沢山撮った。
　だが肝心なものは見つからない。
「見つからないなぁ」
　葵はムスーッとした顔で、カメラを構え続けている。
「幽霊くん、どこにいるんだよー……」
　ひいては、その繰り手の所在がつかめない。
「上にいるのは分かるんだけど……何階なんだろうな」
　温度計を握りしめた嶺は階上を見上げつつ、唇を噛む。
　葵とるるかは一階の部屋から順に訪ねて回っていた。彼女たちが訪れた部屋には途端にシャッター音が鳴り響いていた。だがそれが順調であるかは、彼女たちの不機嫌さから察するに余りあった。
「上の階には、何かいたらいいんだけどね」
　そう言って外に出たるるかは、丁度上の階へと上る梨樹と武道の姿を見た。彼女はふと上を見上げつつ、階段へと駆けて行った。少し遅れて、葵もそれに続く。
「ちょっと待ってよー」
　困ったように呼びかけつつ、階段を駆け上げる。部屋に消えて行く影を目で追いながらカンカンと小気味のよい音を足が立てていた。上りきった彼女の耳に、るるかの声が届く。
「そんなに急いで、どうしたんだ？」
　僅かに息を上げる葵を制するように、既に二階に来ていた嶺が言った。その後ろには、今やっと二階へとやってきたるるかがいた。
「何か見つけたの？」
　期待の眼差しで自分を見つめるるるかに、葵は思わず息を呑む。
「……先に行ったと思ったんだけどなー」
　そう言って彼女はゆっくりと、影の消えた部屋のドアを開けた。更けた夜、灯りの届かぬ室内に、それは確かに輪郭をもって浮いていた。淡い光を発しながら、緩慢な動きで部屋を徘徊している。
「何だ、あれ……？」
　葵に続いて覗き込んでいた嶺とるるかも、思わずそれに見入っていた。儚く漂っているそれは害ある物体にはとても見えなかったが、ある時それが、確かに彼らの方を向いた。重なる視線が静寂を生む。
　るるかと葵が携帯電話を取り出し、それの姿を写真に収めようとした、瞬間だった。
　それは先ほどとは打って変わった機敏な動きで、彼らの方へと迫ってきた。嶺がるるかと葵を押しのけて、急いでドアを閉めた。
「人魂のおでましか？」
　武道が駆け足で近付いてくるが、たどり着かぬうちに、幽霊と思しきそれはドアを通り抜けて姿を現した。僅かに叫びを上げたるるかと葵が、思わず飛び退いた。
「うわあー人魂だー」
　わかりやすく『フリ』をしながら、梨樹はもう一つの幽霊の到来を知らせる。二階の一番奥の部屋から出てきた幽霊が、彼らを追い立てるように迫っていた。
「ふっふふー、私に会ったが運の尽き。じゃんじゃん撮っちゃうよー！」
　ニヤリと笑った葵はすかさずデジカメを取り出すと、凄まじく早い手さばきで幽霊を撮影する。俊敏な動きで迫る幽霊は、彼女に撮られると僅かにその動きを弱める。幽霊は不気味に身体をくねらせて衣夢に接近すると、両腕を開くように身体を広げて、襲いかかる。だが振りの大きなそれを、衣夢は軽々と避ける。
「当てる気があるのかしら？　それ」
「ズルい！　私も撮る！」
　不敵に笑い、衣夢は野菜ジュースを口に含む。るるかは慌てて携帯電話を構えて、幽霊を撮影した。
　騒ぎを聞きつけた一葉と敦志が階段を上がってくる。不安げな表情で敦志の腕に抱きつく一葉を守るように位置取りながら、敦志は素早く状況を把握する。追い立てる幽霊と逃げる生徒、その位置と幽霊の動き。気付くと幽霊は、三階への階段を塞ぐように、立ちはだかっていた。呆れたように、一葉が呟いた。
「なるほど、『そっち』にいるのね」
「皆、上に行くぞ！」
　敦志が先導して、階段を駆け上がる。
「いいわ、捕まえてあげる」
　合流した衣夢が妖しく微笑み、飛ぶように三階へと向かう。生徒たちもまた、それに続いた。

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