モノにも歴史あり｜リアクション

モノにも歴史あり

●スケッチブックに紡がれた言葉達

　小山内海は、幼い頃に病気で声を失っている。
　そのため、会話は、いつも持ち歩いているスケッチブックによる筆談だ。
　好きな人からプレゼントしてもらったピンクのイルカのストラップがついているものが、今、使っている筆談用のストラップだ。
　もらった時のお礼の言葉は、そのスケッチブックに書いてある。
　それ以外にも、雑談や今後の予定といったことも書きこまれている。それらを見返して、楽しかったなと海は思う。
　最後まで書き込んで使い切ったスケッチブックは、大切に部屋に保管されている。

　用事があり、海は桜花寮から実家に帰省した。
　その用事も終わったので、部屋で一休み。
　せっかく実家に帰るんだしと思い持ってきた使い終わったスケッチブックを鞄から取り出すと、１冊ずつ本棚にしまう。
（そういえば、これで何冊になるんだろう？）
　しまい終えたスケッチブックを見て、ふと、そんなことを思った。
　海が声が出なくなったのが小学1年生の時なので、もう10年以上も描き終えたスケッチブックを貯めている。
　時間があるので、スケッチブックの数を数えよう。
　数えながら、そこに書かれている内容を見返してみようかなと一冊、手に取った。
　描き終えた順に並べてあるので、どれが初めての筆談に使ったスケッチブックかわかるようになっている。
　使い始めの頃から、順に開いて内容を確認していく。

　初めての筆談に使ったスケッチブックには、子供らしい字で書かれたひらがなの会話が書いてあった。
　最初のページには『おはよう』といった挨拶が。
　その後は、小学校の友達と会話したり、先生と挨拶したと思われる言葉がたくさん書いてあった。
（懐かしいな、色々なことあったよね。こうして見返すと、どんな会話をしたかが思い出せるなぁ）
　小学校の頃に使っていたスケッチブックを読み返し、その時々の思い出を思い返す。
　声が出ないことで、男の子にいじめられたこともあった。そんな時はスケッチブックに『やめて』と書いた。
　そう書かれたスケッチブックには、涙の痕らしきものが滲んでいる。
　女の子の友達が海を庇ってくれた時は、『たすけてくれてありがとう』とスケッチブックに書き、その子にお礼を言った。
　声は出なくても、表情は出すことはできる。
　言葉で思いを伝えたい時は、スケッチブックを使って、文字で伝えればいい。
　そうやって、海は家族を含む他人とやり取りをしてきた。
　声に出して思いを伝えられたら、どんなにいいだろう。
　そんなことも考えたが、スケッチブックでの筆談に慣れると次第にそんなことを考えなくなった。

　実家に帰る際に持って来たのは、寝子高に入学してから書き溜めたスケッチブック数冊。
　たくさんあるので、一度に持ってこられなかったのだ。
　持って来たスケッチブックには友達や先生、寝子島で出会った人々と会話した言葉が書かれている。
　嬉しいことも、辛いことも、悲しいことも文章にし、自分の言葉を口にしているような思いで書いた。

　

　
『たくさんの思い出ができて嬉しい。これからも、楽しいことがたくさんあるといいな』

　本棚の端にある持って来た最近の一冊の最後のページに、緑色のペンで、その一文を書き足すことに。
　好きな人、好きな友達、寝子高のクラスメイトや先生達。寝子島の人々。不思議な出来事で出会ったモノ達。
　そういった人達と、これからもたくさん楽しいことができますようにと願いを込めて一文字ずつ、丁寧に書いたのだった。

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