白紙の青空｜リアクション

白紙の青空

　星ヶ丘寮の邸宅の自室で愛猫萌々子は目覚めた。今日の予定はないのか。ベッドに座った状態でぼんやりと過ごす。
　眼鏡を掛けると眠そうな目が改善された。机の方に意識が傾く。パソコンの横にはペンタブレットが置いてあった。
「イラストを描くのもいいですが」
　広い室内を見回し、人差し指を頬に軽く当てて目を伏せる。そうですね、と口にしてクローゼットに向かった。
　厚手のトレーナーを選んだ。相応しいズボンに穿き替える。長袖は邪魔になるのか。速やかに捲り上げた。長い髪はゴム輪で一つに束ねてポニーテールに仕立てた。
「張り切ってやりましょう」
　萌々子は掃除道具を一式、部屋に持ち込んだ。鼻と口を覆うマスクを装着すると最初にはたきを手に取った。家具の細かいところや置物の隙間に化学繊維は入り込み、埃を吸着して掻き出す。
　手早く済ませると掃除機の出番となった。落とした埃を一気に吸い込む。小走りの状態で全ての床にノズルを滑らせた。家具の間の隙間には専用のノズルで対応した。
　萌々子はマスクを外した。大きく息を吸い込んだ。
「清浄な空気に思えます」
　にっこりと笑った。改めて室内を見て回る。本棚の前で足を止めた。背表紙に書かれたタイトルに目を近づける。次々と見て表情を曇らせた。
「ジャンルがバラバラです」
　困った表情で見つめて、溜息と共に行動に移る。上段の端から本を取り出し、ジャンル毎に床へ並べた。
「腰にきます」
　軽く背筋を伸ばした。上体を左右に捻ったあと、作業に戻る。上段が空となり、中段に差し掛かる。数冊を抜いたところで封筒が出てきた。本の下敷きになっていて封はされていない。
「なんでしょう」
　封筒には切手が貼ってある。送り先の住所と共に宛名が書かれていた。
「実家の住所ですが、宛名に見覚えがありませんね」
　萌々子は小首を傾げる。封は開いていた。興味を引かれて中の便箋に目を通す。
『お父様へ
　私が三月に家を出てから早いもので一年になります。夏休みも冬休みも帰省していないのですが、お変わりありませんか。
　反対を押し切って私は寝子島に来ましたが、後悔はしていません』
　文章は短く、途中で止まっているように見える。
「お父様、ですか。確かにいるはずですが、思い出せません」
　目を閉じる。眉根に皺が寄った。苦し気な顔で頭を前後に動かして瞼を開けた。
「わかりませんが、書き掛けの文章は気になります」
　本棚の作業を中断して机に向かう。引き出しから万年筆を取り出し、改めて文章を熟読した。
「お父様がいると仮定すると、このような文章になるでしょうか」
　万年筆で続きを書き始める。何度か手が止まった。全体を読み、最後に親愛の情を込めた。
『私は今とても楽しいです。大好きな絵を沢山描いて、友達と遊んで、寝子島のあちこちに出かけて。もちろんちゃんと勉強もしていますよ。
　お父様には学費を出してもらっているので、私はこの島でしっかり頑張りたいと思います。いつか遊びに来てくださいね』
　完成した文章と向き合い、満足気に微笑んだ。
　元のように便箋を折り畳み、封筒に戻して開け口を貼り付けた。
「本棚を終わらせたあとにポストに投函しましょう」
　萌々子は本棚に戻って仕分けを再開した。

　翌朝、不仲の父親に送った手紙の内容に青ざめる。ベッドの中、頭を抱えてすぐには起き上がれなかった。

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