夏夜が呼びかけるその前方、篠笛の音色が響き、前衛が動き出す。凜太郎が奏でた風の結界で防御とBS耐性と回避を上げる支援魔法『矢よけの加護』の効果だ。そして、更にスピカへは『移動速度と回避が上がる支援魔法『追い風の祝福』も添付する。
「ありがとう……。行ってくる！」
　スピカが弾むようにナホエルへと向かう。彼女の青い瞳の先には、既に攻撃を仕掛ける真白の姿が。白い稲光を纏っているのは開幕早々『雷纏』を発動。これは敏捷を上げ雷属性の追加ダメージを発生させるスキルである。
稲妻の如く石柱を渡り、勢いに乗って『疾旋脚』を放つ！　しかしナホエルもすぐに反応し、翼で吹き飛ばした。
（なんのっ！）
　真白は怯まず身をひるがえし、入れ替わりにスピカが炎を纏って攻撃を仕掛ける。攻撃のたびにゲージを上げる『イグニション・ハート』は風を受け攻撃力を上げ、回避能力を上げる『ヘイズシルエット』もまた風を受けたことで移動速度を上げていた。故に早くもナホエルへ最初のダメージを与えることになる。
（……いくよっ！）
　スピカが装備する爪『エクスプロード・ガントレット』は攻撃時小さいながらも爆破による防御無視固定ダメージが付く。それが積み重ねればたまったものではない。

　故に、ナホエルは定める――最初の獲物に。

「！」
　連撃を行おうとした刹那、見えない壁に阻まれる。体制を整えようと石柱に降り立った途端に打ち込まれる氷の矢。ナホエルは手をひるがえし、次々に氷の矢を生み出してスピカを狙う。
「そうきましたか」
　志桜里がいつのまにか射線上に躍り出ては躱し、得物で打ち払っていく。その間にスピカは体勢を立て直し、再びナホエルへと向かう。
　志桜里が動いたのと同時にとびかかったのは碧南だ。彼女は見えない壁の消えたすきを狙い、的確にレイピアでナホエルを攻める。だが、ナホエルも負けてはいない。彼女は翼を大きく広げ碧南を殴打しようとする。
「くっ、早いわねっ」
　舌打ち一つ慌てて飛び跳ねて下がる碧南。その前に現れたのは、どうにか石柱を渡った瑠樹である。彼は思いっきり息を吸い込み、叫ぶ！
「こっちだよ、おねーさーん！」
『こっちを向いて！』は挑発スキルの１つだ。声を出す・目立つ音を出す等して敵のヘイトや攻撃を大幅に自分にひきつけると同時に防御力とＢＳ耐性を上げる。だが、同時に放たれるは、炎の矢！　再びフィールド全体に赤く燃える矢が降り注ぐ。
（これぐらい、平気だよぉ！）
　耐える瑠樹は武器を構え、攻撃に転じようとするが休むことなく氷の矢を放ってくる。それを見ていた獅百合は、まだ誰もBSを喰らっていないことを確認しつつ比較的被ダメージが大きい人に治療を施しながら何かに気付く。
（もしかして、ターゲットを変えるたびに全体攻撃を……？）

　――凍りなさい

「よかった、こっちに来たよぉ！」
　瑠樹目掛け飛んでいく３本の氷の矢。少年は冷静に呼吸を整え、『ぴこぴこねこはんまー』を石柱にたたきつける。一見ねこモチーフな可愛いピコハンに見えるが、立派に風属性のウォーハンマー（重戦士専用武器）である。
　叩きつけた途端、ピコッ！　と気の抜ける音がする。だが、風圧の壁が立ち上がり氷の矢をはじいていく。
　ヘイトが瑠樹に向けられている間に、真白が再び疾旋脚を仕掛け、同時にスピカが碧南、志桜里と共に技を放つ。


強く～なれる～理由を知った～♪　バフを～つけて～殴れぇ～♪

　と愛らしい（？）着ぐるみさんもまた攻撃を仕掛ける。今まで後衛に届きそうな矢を打ち払っていたが入り込むタイミングを見計らっていたらしい。彼女は棒高跳びの時のように棍で石柱を強く突き、敏捷強化スキル『疾如風徐』と運気上昇スキル『発気揚々』、弱体耐性強化スキル『行雲流水』を同時発動させて立ち向かう。
着弾前に展開される見えない壁。だが、それを打ち破る衝撃。何もないはずの空間が波打ち、音を立てて壁が崩れる。
「当たって！」
　夏朝が灰白猫の手をモチーフにした（ご丁寧に肉球付き）ウォーハンマー『かみのねこのてはんまー』（実はこっそり雷属性）を叩きつけたおかげで、真白たちの攻撃がナホエルにヒットする。だが、ナホエルも翼と突風で前衛組を吹き飛ばす。
（負けないもんっ！）
　真白がナホエルの翼を足場に虚空で宙返り。そのまま落下を生かして『天墜掌』を叩きこむ。スピカもまた石柱の壁をけって体制を整え、『イグニション・ハート』で燃え上がるままに連撃を叩きこむ。
（なかなかにきついな）
　着ぐるみさんは石柱に戻り、体制を整える。傍らにはReiがおり、HP消耗具合を確認。
（誰から回復を……この場合、一番近くで、ダメージも大きい人かしら）
　Reiが「回復いきますっ」と『女神の口づけ』を施せば、着ぐるみさんは回復する。
　そんな状態でもナホエルは手を翻して炎の矢を生み出し、全体を狙う。至近距離で喰らった真白が、その腕に走る痛みに呻く。矢を交わしたスピカや掠めた程度の碧南はバットステータス（以下、BSと表記）【火傷】を免れたようだが、真白は傷が燃えるように痛むところから、喰らってしまったらしい。よく見れば後衛に矢が行かぬよう打ち払っていた重騎士二人とReiを庇った着ぐるみさんも【火傷】を負ったようだ。
「そ、そんな……っ！」
「治療するですっ！　Rei、いくですよ！」
　身を僅かに竦める着ぐるみさん。Reiが顔を強張らせるも、トワが励ます。Reiは「大丈夫ですか？　任せてくださいっ」と『医神の抱擁』でBS解除を行う。トワもまた真白たちのBS解除に動き、獅百合がHP回復のために動く。
（石柱を突き抜けない飛び道具なのでまだ助かってます……が）
　手早く全体回復スキル『白夜叉の白拍子』を仕掛ける。白い鬼の仮面をつけた巫女が舞い、光が降り注ぐ。だが、獅百合の表情は僅かに険しい。
（『仲間の生殺与奪を握る悦び』なんて先行者の冗談を実感できるほど、気の利いた仕事じゃありませんねこれは！）
　そういいながらも、獅百合は呼吸を整える。まだ始まったばかりだ。治癒士として戦場に立ったからには、HPある限り治癒し続ける定め。だが、心の奥で何かが唸る。