「負けない」
　ここで仕留める、とばかりに燃え上がる連撃『オーバーヒート・フィニッシュ』を発動させる。
（君に力を！）
　凜太郎がさらに『風神乱舞』を添付し、勢いに乗せる。同時に、ナホエルへと激しい電気ショック！　正体は都が奏でた『ハウリングボルト』だ。濛々と立つ湯気の所為で効果もマシマシである。
「今のうちに態勢を整えろ、決着をつけるぞ！」
　楓が発破をかければ、スピカと着ぐるみさんに続けとばかりに真白たちが動く。消耗した夏夜を支えるようにトワがもう一度治癒し、前方をReiと獅百合に任せる。だが、獅百合のMPもあとわずかだ。
「頼むっ」
「いいよっ！」
　流れに乗る、とばかりに楓が頼めば、夏朝が笑顔で『ホームスマッシュ』！虚空へ上がった楓はスピカと着ぐるみさんの攻撃で硬直状態となったナホエルへと思いっきり愛刀を振りかぶる！
「頼むぞ、『影鴉』！！　おりゃあああっ！」
　派手な音を立てて切り裂かれるナホエル。だがエフェクトは金色で、切り裂かれるは翼と見えない壁。硬直が楓の一撃よりわずかな差で解除したらしい。
「散って！」
　露払いに来ていた碧南が叫び、楓が着地するや前方へ転がって翼の一撃を回避。仲間への攻撃をレイピアで払い、カバーリングを続けていた碧南が、楓を庇って跳ね飛ばされ、虚空で虹色のシャボン玉となって消えた。

　――もう一度。

　治癒士たちが回復にあたるその中に、茶褐色の矢。『地熱の裁き』だ。させてたまるか、と夏朝が『ホームスマッシュ』で跳ね飛ばすも、重ねられる『地熱の裁き』。
「重ねて？！」
　もう一度『ホームスマッシュ』で跳ね飛ばし、外れた２つは離れた石柱に着弾、振動と共に湯柱を噴き上げる。
　だが、そこへもう１つ。『地熱の裁き』三連続目だ。それはさすがに捌ききれず、治癒士と歌楽士たちを前方へ避難させるのが精いっぱい。瑠樹が『ハンマーウォール』を複数展開するも、ダメージは大きい。
　都と凜太郎が前線を魔曲で支援し、夏夜も逃げ遅れそうになった着ぐるみさんに『翼の応援歌』を添付していたが、お湯による衝撃でHPが底をつき、虹色の泡となって消えていた。
（守り切れなかった……？！）
　瑠樹の顔が少し強張る。だが、迷っている場合ではない。彼はナホエルに向き直り次の攻撃に備える。

　――そろそろ、決着をつけましょうか。

「夜海霧君！　フォーツさん！　派手にいくよーっ！！」
「任せるっ！」「頼むぞ！」
　夏朝が『ホームスマッシュ』２連発！　さらに凜太郎が２人へ『追い風の祝福』、都が『進撃のオーバーチュア』を重ね掛けし、保険、と称しトワがダメ押しの『フェアリーサークル』で攻撃を仕掛ける面々のHPを満タンに近い状態にし、着ぐるみさんは万が一のアシストに備える。
高々と舞った拳が、炎を纏って壁を破る。黒い刀身が、荒ぶる翼を切り伏せる。それでも強力な突風に飛ばされ、スピカと楓の身体は温泉へと落ちていく。だが――！！



「いい加減潰したいわ、ねぇクロ！」「えぇ、決着をつけましょう！！」



　――志桜里と、獅百合の、最後の蹂躙が始まった。

　最初は志桜里の『ウチデノコブシ』によりナホエルが縮む。志桜里の脚により倒れたナホエルへ獅百合の杖が唐竹割をぶつけると、さらに志桜里の踵落としがさく裂！　その上にじりつけられナホエルがその足を突風で払う。風がふいてナホエルが元の大きさに戻ろうとするが、今度は獅百合の『ウチデノコブシ』がさく裂し、２人の杖と足の攻撃が降り注ぐ。

　――覚悟はおありでしょうね？

　ナホエルが、最後の力を振り絞り小さな体のまま２人の猛攻から逃れる。そして純白の羽根を操り、もう一度『天空の裁き』を発動させようとする。
（これ以上は……！）
　嫌な予感がして身構える楓たち。ナホエルは全ての翼を失った状態で元の大きさに戻り、見えない壁で退路を断つ。
　志桜里が剣を、獅百合が杖を身構えて応戦し、純白の世界が訪れる。だがそれ以上の痛みはなかった。
（（……？？））
　あっけにとられた獅百合と志桜里であったが、気が付くと元の、翼のあるナホエルの姿がそこにあった。

　――皆に賞賛を、勝利者へ祝福を。

　きらきらと輝く光の粒が、冒険者たちに降り注ぐ。そっと降り立ったナホエルは、改めて生き残った者たちに向き直った。

　――試練を乗り越えられることこそが、私の喜び。
　　貴方がたの強さ、しかと見届けました。

「……ぎりぎりって、所だったな……」
　楓が膝をつき、深いため息交じりに呟く。Reiと夏夜の援護がなければ、最良でも相打ちでおわったのではないだろうか？　そう思えるほどに、厳しい戦いだった。
「それにしても、あの『災厄』という存在……、世界を食べるようなのと、戦うの？」
　夏朝が僅かだが困惑した表情を見せ、他の者たちもまた不安を抱える。

　今までにもこうしてゲームのなかに召喚され、極天使や魔侯爵、竜や上位精霊と戦ってきた冒険者たちだが、その理由が『不満ノ女神』を討つためだという。突如としてもたらされた情報に、戸惑っているのだ。

　――私達もまた、ようやくかの『災厄』の名を知ることができたのです。
　　　故に、勝機は我らに……。ですが、もっと魂の力を高めねばなりません。

　ナホエルはそれだけ言うと、戦場をスタート時の状態に戻し、静かに目を伏せた。

　――どうか、『寝子島のある世界』を守るため、と思って力を貸してください。
　　　かの女神は、『混霊界』を食べきり、『SOC』の世界すら食べた後、あなた方の世界を食べにくるでしょう。

　それだけ言うと、ナホエルは湯煙に溶けるように姿をくらました。
　後に残ったのは、いつのまにか復活していた戦闘不能者たちと、たくさんのレアアイテムの山であった。