サンクス！　勤労感謝の日｜リアクション

サンクス！　勤労感謝の日

○前日・寝子島町役場

（明日は勤労感謝の日だったわね）
　三折部朝衣は、役場の総務課で単純な書類仕事を続けていた。
（社会人になるまではただの祝日だったけど。高校を卒業して就職して２年目、社会に出て働くのがこんなに大変なことだったなんて……骨身に染みたわ）
　就職する前は、よく友人に言われたものだ。
「公務員は不況も関係なしに安定していてお気楽極楽だよね」
（……全然お気楽なんかじゃないんですけど）
　今のところ、総務課で主に役所内の仕事に終始しているので、直接市民サービスに関わる仕事ではない。
　来年は最初の人事異動を体験するので、部署によっては町民と直接接する仕事に就くかもしれないけど……
　それでも住民課の窓口の応援に行ったりすることもあって、そこでクレーム対応をやったことがある。
　あのときはマジで神経がそがれる思いをした。
「何あんた、臨時の子じゃないの？　もっとましなのはいないの、こっちは税金払ってるんだからね！」
　機嫌の悪いおばさんにそう言われた時は笑顔が引きつった。
　確かに朝衣より年上の臨時職員の人も多いから、そう言われるのも無理はないのだが……
（なんで税金払ってるだけでえらそうにされなきゃいけないんだろ。私だって税金は給与から引かれているんですけど……）
　この他にもいろいろなことに駆り出されたり、町長がファンキーでしかもいろんなイベントを仕掛けるので、それの対応をしたり。
（芋煮会やら猫の肉球スタンプ集めはまだしも、一日水着デーなるものをやったときは正気か？　と思ったわ。しかも町長と広報車に乗って熱中症の注意喚起を行ったりしたし……全然お気楽じゃないっての！）
「……朝衣くん？」
「……はっ？」
　気が付くと、町長に話しかけられていた。
「集中していたのかな？　悪いね」
「……あ、大丈夫です。なんでもありません」
　慌てて意識を回想から現実へ戻す。
「実は頼みがあってね。今日は秘書が急病で休みなんで、手伝ってくれないか」
「えっ？　……は、はい」

　そして十数分後。
　朝衣はなぜか、町長と星ヶ丘のカフェで優雅にお茶を楽しんでいた。
　優雅なのは町長だけで、状況の飲み込めない朝衣は落ち着かなかったが。
「町長……どうしたんですか？」
「いやあ、なんだか何もする気が起きなくてね……こういうときは思い切って休もうかと」
　総務課を出た後向かったのは秘書課ではなく通用口で、駐車場には運転手つきの車が待っていた。
　あれよあれよといううちに車は走り出し、町長と共に星ヶ丘のカフェに着いたのである。
「大丈夫なんですか？」
「事前に休みを申請すると留守中の仕事の手配をしなきゃならないし、休んだってどうせ携帯に電話がくるんだ……」　
「大変ですね……でも人に見られたりしませんか？」
　周囲を気にする朝衣だが、優雅な音楽が流れるカフェの片隅に座る二人に注目する視線は不思議に感じられなかった。
「星ヶ丘で、平日の昼だからね。人も少ないし他人のことなど気にしないよ」
　そう言われて納得する。
（ま、たまにはいいか）
　町長だって人間、休みたいこともあるだろう。
　サボリたい気持ちもわかるような気がした。

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