秘密を守れ！｜リアクション

秘密を守れ！

◆野望への一歩

　憧れと崇拝の攻防から数時間後の、夕日が沈みきり闇とネオンの光が混ざり合う夜のシーサイドタウンで、河島澪はいつものような男装姿で闊歩していた。彼女は夜の街を歩く女性たちに目を細めながらその空気を楽しんでいたが、ふと、自分によく似た女性を発見して立ち止まる。
　といって、その女性は澪のように男装をしているわけではない。顔には流行のメイクが施され、足は露になっていた。履いているのはなかなかタイトなミニスカートである。澪はその女性の顔をよく見て、

（似てるなんてもんじゃない。どう見ても私だ）

　と考えながら恥ずかしいあまり身を震わせた。澪は彼女を裏通りに引っ張りこんで、まじまじとその顔を見つめる。

「お前は……私、だと？」
「そうよ」

　問いかければ想像通りの答えが返ってきた。

「つまり私が二人になったわけだ。お前は男装したいと思わないのか？」

　続いた問いに、女装の澪は黙って首を振る。変な気分になりつつも、澪はこのチャンスを喜んだ。

（私が二人になったということは、野望に一歩近づいたかもしれないな）

　自分自身だから信じられるとは限らないが、目的を目指して協力することはできる。澪は女装の澪の肩を叩くと、近くのバーまで歩を進めた。

「とりあえず部下を増やすか」

　女装の澪はバーのカウンターに座り、何か考え込む仕草を見せている。それに惹かれたのか、チャラい雰囲気の男性が近付いてきた。

「あ、あの……」
「おい」

　その後ろから、澪がぬっと躍り出る。威厳ある声に男性は縮み上がり、情けない声を出した。

「ひっ！　なっ、なんスか！？」
「心配するな、美人局じゃない。私の下で働いてもらうぞ」

　肩を叩かれた男性は、あまりの恐怖にその場に倒れこんでしまった。

（都合よく使えそうな部下など転がっていないものだな……）

　あれから数人の人間を勧誘したものの、澪の思う通りには行かなかった。まず澪が出てきたところで気絶するか、さっと身を引かれてしまう。そこをクリアしたとしても、彼女の壮大な野望を語ったところで苦笑されてしまう。といった状況で、結局誰一人部下に加えることが出来なかった。
　溜息を吐きながらバーを出たところで、澪は見覚えのある顔に出くわした。元寝子高生徒の海原茂だ。茂は澪には気付いていないようだったが、その眼は確りと女装の澪を捉えている。

「むっつり生徒会長は伊達じゃないな……しっかり女の私を見てるじゃないか」

　秘密を知ったからには、と不敵な笑みを浮かべつつ、澪は茂の背後へ忍び寄った。

このページにイラストを設定する