寝子高制服☆トリエンナーレ！｜リアクション

寝子高制服☆トリエンナーレ！

●私服：エントリーNo.06　哀坂子夜

　哀坂家の長女、哀坂子夜は、感情の機微が乏しい少女だった。
　そこには、一族内の複雑な事情と暗い過去があり、それを今更消すことはできない。
　それでも、と哀坂家の次男と三女は思う。
　この命令されることに慣れ、人らしい心を閉ざしてしまった姉のために、なにか出来ることがあれば、と。
（姉さんは人間らしい感情を理解できないから、やっぱり今回も楽しませることはできていないかもしれないけど……）と哀坂極夜は姉の手を引きながら思う。（出来ることはすべてやるんだ……諦めたら姉さんはずっとこのままだ）
　姉は、ロシアンたこ焼きで辛くなったお口をもふもふしながら、無表情に極夜を見つめ返してくる。
　子夜のパンフレットに『出場おめでとう』のカードが挟まっていたことは、そんな哀坂家の三姉弟たちにとって僥倖だった。

「これは……良い機会かもしれないね」
　極夜は妹の哀坂零葉にそっと耳打ちした。
「姉さんは今まで人の前で何かをすると言ったことはしたことがない。……叔父に命令されてたからとはいえ、いつもその逆だった」
　そう。日の当たらない場所。それが、子夜の居場所だった。
「淡い希望かもしれないが、もし日の目を浴びるようなことがあれば、姉さんも昔のような心が壊れる前の姉さんに戻れるかもしれない……」
　極夜の言葉に、零葉も頷く。
「そうですね。姉さんはやっぱり何も感じないみたいだけど……」ぼんやりとあさっての方を見つめている姉の姿を見るのは、零葉だって胸が痛い。「けれど、ちゃんとした家庭に生まれていたら、誰よりも綺麗な筈なんですから……折角の機会だし参加して貰いましょう！　これで、姉さんが人間らしく楽しんでくれれば……」
　こうして二人は、控室で姉の身なりを整える。

「よく似合いますよ、姉さん」
「極夜……何がある？」
　子夜はされるがままだった。
「ファッションショーのようなものですよ。楽しみでしょう？」
「楽しみ……ワカラナイ……何をすればいい……」
「歩けばいいんですよ」
「歩く……それが『命令』か？」
　極夜は小さくため息をついた。
　可哀想な子夜。叔父のせいで、『命令』がなければ動かない……。
　妹の零葉はその『命令』をひどく嫌がる。当たり前といえば当たり前だが、いまはどうしても姉に日の当たるところを歩く経験をしてほしい。だから、極夜は零葉に気づかれぬようこっそりと子夜に告げた。
「姉さんに『命令』する……トリエンナーレに参加し、司会や係の人の言いつけをしっかり聞いて、これを完遂する事」
「御意」
　子夜が素直に従うのを見て、極夜は自分の判断を後悔しそうになる。これは姉さんのためなんだ、そう心に言い聞かせて、極夜は軽く口唇を噛んだ。
（……これが、最後の『命令』になればよいのだけどね……）

◇

　命じられた子夜は歩いた。
　スポットライトの当たるキャットウォークを。
「着こなしのポイント？　……服はしっかり着る……それだけだろう……？」
　なぜそんな当たり前のことを聞くのか、というように子夜は答える。
「刀は模造刀だ……着物は……花見酒をイメージされていて……遠目からは桜柄の着物、近くで見ると着物と同じ色で別の模様が描かれているんだよ……解り辛いのだけど……ね……」

「……この着物は……三年前に兄が……私に送ってくれた最期の贈り物なんだよ……『今はこんなものしか贈れない不出来な兄を許してくれ』と言っていたのだけど……私には、とても過ぎたものだね……」
　そのとき子夜は観客席に、極夜と零葉の姿を見つけた。
「姉さん、素敵ですよー！」妹の零葉は心から嬉しそうに。
「姉さん、とても素敵です」弟の極夜も微笑みながら、こちらを見つめている。
　子夜はフッと口の端を引き上げると、模造刀を抜いた。
　鞘は空を舞い、極夜の手元へ。
　突然のパフォーマンスに、会場から拍手が上がる。
　子夜は洗練された動きで舞うようにターンすると、そのままその場を去った。

「人は……祭りというものに心惹かれるものだということがわかった……」と、出番ののちに、子夜は語った。
「こういうとき、笑うのだということも……な」
「そうですよ、姉さん！」
　零葉が微笑む。
　子夜がそれを真似て、にこりと笑みを作る。それはまだ、偽物だったかもしれないけれど。
　今はこれでいいのかもしれない、と極夜は思った。
　そして、いつかこの姉にも心から笑みが零れる日がくればいい、と願わずにはいられなかった。

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