●ただいま会場設営中

　メインイベント「寝子高制服トリエンナーレ」の会場となる講堂では、剣崎 エレナを中心とした実行委員たちが最後の準備に追われていた。

　寝子島高校の学校生活を支援する、という目的を掲げた学生支援部からは、浅山 小淋、添木 千唐、鴻上 優梨乃の３名が、部の活動のひとつとして実行委員のお手伝いに回っていた。
　ステージ上の、『寝子島高校創立６０周年記念　寝子高制服☆トリエンナーレ』という看板は、支援部部長の小淋の作。幼い頃声を失ってしまった小淋は、ふだんの会話を筆談や手話で行っている。いつも筆談しているだけあって、字の達筆さには自信があった。
　優梨乃は看板を眺めて感心した。
「小淋ちゃんの字、上手だね」
『そんな……恐れ入ります』
　先輩の優梨乃に褒められて、小淋はほんのり頬を染める。
　そんなふたりは、会場の最後の飾りつけを行っていた。色とりどりのリボンを、ステージや会場に飾ってゆく。これも、小淋のアイデアだった。
「ねえ小淋ちゃん、ここに飾るリボンは赤と青、どっちがいいと思う？」
　勉強も家事もそつなくこなす自信がある優梨乃だけれど、美術系だけはちょっと苦手。
　苦手だと思うと、簡単なことでも迷ってしまうことってある。
「赤がいいですよ、先輩」
「ひゃあっ」
　背後から声をかけられ、優梨乃は首をすくめた。
「千唐くん！」

「僕も手伝いますよ」
『千唐くん、ありがとう。でもすこし休んで？　……だってお仕事いっぱいあるでしょう？』
　千唐は会場設営やビラ配りなどの広報活動といった実行委員の手伝いのほかにも、支援部のもう一つの活動、出店の方の会計処理なども受け持ってくれているのだ。
　しかしそんなことは千唐にとって大したことではない。何より。
「部長を補佐したいんですよ。……浅山さんは部のマスコット……もとい部長ですから。まあ危なっかしいのもありますが、何より一生懸命なところが素敵ですからね……手伝いたくなるんです」
　なんかわかる、と優梨乃も笑った。
「つい手助けしちゃいたくなるんだよね。まあ私も世話焼きなところはあると思うんだけど。支援部の一番の支援対象は、実は小淋ちゃんだったりして」
『みなさん……いつもお世話になります』
　深くお辞儀をする小淋の肩を、千唐はぽんぽん、と叩いた。
「さあ、仕事を片付けてしまいませんか。もうすぐお客さんも来てしまいますからね」

◇

「遅くなってごめーん！」
　七夜 あおいが、ピンチョス片手に講堂に飛び込んでくる。友人とトリエンを見ようと約束していたのだが、その前に実行委員の仕事もしなければいけないことを失念していたのだ。
「あおいちゃん、こっちこっち！」
　友人の綾辻 綾花が手を振っているのを見つけると、あおいはぱたぱた駆けてきた。
　と思いきや。
「あ」
　あおいはつまずき、バランスを崩す。
　おみやげのピンチョスが空を舞った。
「おおっと！」
　それを見て飛び出したのは桜庭 円だ。ボクシング部で鍛えている円はまず紙皿を、それから、空を舞ったピンチョスを見事に受け止める。
「よっと。これで全部かな？」
「ありがとう～」
　とはいったものの、あおいの方は見事に顔面から床にぶつかっていた。
「大丈夫、あおいちゃん？」
　綾花が心配そうに手を差し伸べる。
　その手をとって起き上がったあおいの鼻は、ほんのり赤く擦り剥けてしまっている。
「大事はないと思うけど……私、絆創膏持ってます。いま貼ってあげるね」
　綾花は持ち歩いている応急セットの中から絆創膏を取り出すと、あおいの鼻にぺたりと貼った。

「ん？　にゃーくん？」
　円の肩に乗って甘えていた仔猫のにゃーくんが、急に肩から飛び降りるや、あおいが転んだあたりに駆けていき、にゃーにゃーと鳴いた。何か訴えているかのような様子に、円はその場所を確かめてみる。
「あー。ここ、釘出てたんだ。あおいちゃん、これにつまずいちゃったんだね。にゃーくん、教えてくれてありがとう。直しとこうね」
　円がトンカチで釘頭をとんとん打ち付け終えたとき、あおいはようやくおみやげのことを思い出した。
「あ、そうだ。これ、新聞部のピンチョスなんだけど、良かったら一緒に食べない？」
「まあ、あおいちゃん、嬉しいです」
「ボクもいいの？」
「もちろん！　にゃーくんも、もし食べられるのがあればどうぞ」
　三人と一匹は講堂の床に座ってひと休み。
　綾花はピンチョスを摘まみながら、改めて会場を見渡してみる。昨日からずっと準備をしてきた講堂は、小淋たち支援部のお蔭もあって、テストの時と同じ場所とは思えないくらい華やかに変身していた。貸すための制服も、着替える場所も準備したし。
「本番、楽しみだね」
　綾花の言葉に、あおいと円は大きくうなずく。
　にゃーくんまで、まるでが綾花の言葉が分かったかのように「にゃー」と鳴いた。

◇
　
　財前 華蓮はぷりぷりしていた。
　――剣崎エレナが実行委員長ですって？
　――しかも次期生徒会長だとか吹聴しているらしいじゃありませんの！
　そう思うとめらめらと対抗心が燃え上がる。――ここは私も実行委員として働いて、私こそが真の次期生徒会長だということを知らしめて差し上げますわ！

　そんなわけで実行委員になった華蓮は、エレナの後ろ姿を見つけるや、忍者顔負けの静けさで背後から忍び寄り、エレナ自慢のドリルヘアーをつまんでビヨヨヨヨーン！　と引っ張った。
「んなっ！　何するのよ！」
　パッと放すと、エレナの髪はバネのようにびよんびよんと伸縮を繰り返す。
「あーら、チョココロネかと思ったら剣崎さんでしたわ。オーッホッホッホ！」
「あーら、そういうあなたはぜんざいカレーさん。こんなことをしている暇があるなら、仕事をしたらどう？」
「あーら、仕事は終わりましてよ！　それはもうパーフェクトにね！　私こそが次期生徒会長にふさわしいってことは、充分ご理解いただけたんじゃないかしら」
「まあ、あなたが！？　あなたの将来の夢はカレー屋でしょう？」
「そ・ん・な・わ・け・あ・り・ま・せ・ん・わ！」
　ふたたび両手でエレナの縦ロールを掴むと、そのままぐぐぐ、とエレナの鼻の下で交差させる。
　エレナはエレナで、華蓮の金の髪を、鬼の角みたいに左右に持ち上げている。
「ところでッ！　剣崎さんはトリエンに出場なさりませんの？　ああ、どうせ出場したところで貴女みたいなダサい女には賞を取ることなんて不可能ですわね」
「何を言っているかわからないわね。私が出たら優勝してしまうに決まっているじゃない。そんな出来レース、面白くもなんともないでしょう？　そういうあなたはどうなの？」
「私？　勿論出場しますわよ。貴女と違って運良くカードが入っていましたの、オーッホッホッホ」
　お約束の応酬だったはずなのに。
「応援なんかしないわよ」
　エレナの瞳は言葉とは裏腹に、頑張りなさい、と励ましている気がした。
　あのエレナが？　まさか、そんな。
　華蓮は摘まんでいたエレナの髪の端を放した。エレナも華蓮の髪を放す。
　……そうね、貴女と私はライバル同士。だからこそ、胸を張って。
「まあ見ていて御覧なさい。優勝確実ですわ！」

「こんにちはー！　宣伝を兼ねた差し入れですー！！」
　所属する陸上部の出店・トラックＮｏ．１の『走りたい焼き』と『ジュース』をいくつかポケットマネーで購入し、それを持って講堂に飛び込んできた青物 といきは見た。エレナと華蓮の間に飛び散る火花を！

「おおうー！　早くも燃え上がってるー！
　今回のトリエン、いったい誰が最優秀ねここー賞を手にするのか！
　これは目が離せませんにゃー！」

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　――まもなく、寝子高制服トリエンナーレが開幕します。
　パンフレットに「出場おめでとう」のカードが入っていた皆さんは、控室にお集まりください。
　また、応援する方は講堂に――

　校内放送が響く。
　講堂の扉が開かれる。
　続々と集まってくる観客たちで、会場はあっという間にいっぱいになる。
　実行委員たちはそれぞれ持ち場につき、準備はすっかり整った。
　
　――いよいよここから、寝子高制服☆トリエンナーレ、本番スタートだ。