あくのこころが止まらない｜リアクション

あくのこころが止まらない

　龍樹は猫が差し出してきたスプレー缶で民家の塀に絵を書いていた。
「へへっ、力作だ」
　描いたのは黒い猫の絵。その横にプロの画家を真似して自分のサインを記しておく。
「完璧っ」
　スプレー缶を放り投げた龍樹は今度はコンビニへと入った。
「お、これ面白そうだな」
　ビニールで開けないようになっているが、ハードな極道を描いた漫画を見つけ躊躇いなく破った。
　最初の展開から引き付けられ、ついつい読みふけってしまう。万引きではないから、大丈夫だろうと安心していたのだが、
「こんにちは、坊や」
「今、良いところ。邪魔するなよ」
　そう言いながら顔を上げると、コンビニの制服を着た大柄な男性店員が爽やかな笑顔で立っていた。物凄い殺気を感じ、龍樹は固まる。
「それ、そこの棚に置いてあった本だよねぇ？　読めないようになってたはずなんだけど」
「え、あ、ええと、読めないから破って」
　ついつい正直に答えると、
「そっかー。坊やはお金払ってないよねぇ？　てことはそれ、おじさんのなんだけど」
　店員の笑顔が消え、まるで極道の組長のような顔になる。そして、優しく頭に手を置かれた。
「こっちへ来てもらおうか」
　ドスの聞いた声に龍樹は震え上がった。

「あっ、ごめんね、お嬢ちゃん、殴っちゃった」
　ぬいぐるみを持った子供達を次々と襲っていた心はあまりの楽しさにスキップをしていた。
「最高っ」
　悪いことをしている子供をぬいぐるみごと殴るのが一番良い。手応えもあるし、勢いよく吹っ飛ぶし。
「こ、こらーっ、何してるんだ君っ」
　心は追いかくてくる警官に向き直った。
「お前はただの人間だっ」
　無力化した彼らに追いつかれることはない。
　ずっとこのままなら良いのに。そう思う心の肩にしがみついていた黒いうさぎが密かに消滅した。
　あくのこころに取り付かれていても、その本質は全く変わらない。心は既に疑いようもない悪人なのかもしれない。

　桜がベンチに仕掛けた最中に近づいて来たのは、紛れもなく美少年だった。
「あれがハーミィ？」
　壁の陰に隠れていた桜は直感でそうだと確信する。彼は桜に背を向けて、最中の箱を開けようとしているようだ。
　このまま飛び出して蹴りを入れ、ぼこぼこにしよう。桜は一人頷いて壁から走り出た。
「ハーミィ、覚悟ーっ！」
　しかし、振り返ったハーミィはきょとんとして、桜を見た。思わず、足を止める。
「？」
　不思議そうに首を傾げるハーミィはかなり純朴そうで、攻撃を加えるのがなんだか躊躇われる。
「……その最中、一緒に食べる？」
　すると、ハーミィは嬉しそうにうなずいた。ハーミィ自体は悪の心を持ってはいないのかもしれない。
　ベンチに並んで最中を半分にして分け合い、口に運ぶ。最中の皮がパリッと音をたて、中のあんこの風味と甘味が口のなかに広がる。
　美味しそうに食べていたハーミィは、満足そうな顔をしたかと思うと、そのまま姿を消してしまった。

　
「あれ……？　俺何してたんだっけ」
　コンビニの店長にこってり絞られ、開放されたのは二時間後だった。いつの間にか猫のぬいぐるみはいなくなっていて、イタズラをしたいという気分もなくなっている。不思議な感覚だ。
　と、後ろから声をかけられて振り替える。
「！　かあちゃん」
　頭に角が見える。鬼のごとく怒気を放つ母親にその場で土下座をした。
「わあ！　ごめんなさい！　もうしません！　ほんとにごめん、おれどうかしてたんだ、泣かないでよかあちゃんっ」
　『あくのこころ』は去ったようだが、とりつかれてしまった影響は計り知れない。

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