あくのこころが止まらない｜リアクション

あくのこころが止まらない

　学校帰り。白石龍樹はふと道の端の電柱に背をもたれて置かれている可愛い黒猫の縫いぐるみを見つけた。見事に真っ黒である。
「へぇ、珍しい」
　なんとなく惹かれて、それを抱っこすると、気持ちがざわざわし始めた。
「んん？」
　何故か無性に悪いことをしたい気分に。龍樹はふと思い出す。
「そうだ、男はちょいワルのほうがもてるってとうちゃんが言ってた……！」
　男はわんぱくなくらいがいいとも。
「よーし、俺はワルになるぞ！」
　ぬいぐるみを片手に駆け出す。可愛い子がいたら、すかさずスカートをめくりあげるのだ。と、前方から高校生かと思われる女の子が歩いてくるのに気づいた。
「お。中々可愛い姉ちゃんだな」
　スカート捲りをしたいところだが、ショートパンツ姿である。
　しかし、龍樹はにやりと笑った。悪のこころが大きく育っているような気がする。すれ違い様に腰からお尻を撫でたのだ。
「へ！？」
　驚いたように声を上げる女の子。
「こ、こらっ」
　龍樹に対して叫ぶが、そのまま走り去るのだった。

　水上桜は痴漢まがいのことをしてきた少年、龍樹の後ろ姿を見送りながら少しの間呆然として、
「……またフツウか！」
　思わず叫んだ。
　ネズミ耳のハーミィが現れたことはついさっき聞いたが、さっそく、あくのこころに魅入られてしまった子供に出会うとは予想外だ。
「まったく、フツウっていうのはこう何度も何度も私の前に……ほんっとにうんざり」
　ひとしきりフツウへの呪詛を吐いた後、桜は元凶たるハーミィを探すため、歩きだした。辺りを見回しながら、歩調を早める。
　美しい少年の姿をしているという話だが。
「美少年、美少年……っと」
　寝子島は夏休み中のため至るところで子供が遊んでいる。あまり気にしたことはなかったが、この島は美少年、美少女率が高すぎるような。
「結構、大変かも……。いやでも、なんとかしないと」
　桜は覚悟を決めて、さらにスピードを上げた。
　

　子供に憑くという『あくのこころ』をやっつける。話を聞いた虚栄心は嬉しそうに、駆け出した。
　その名目で子供を殴ったり蹴ったりできる。参加しない手はないだろう。
「ふふ、行くわよー」
　と、その時、前方からやってくる少年、龍樹の姿が見えた。
「あれは」
　彼が抱えているのは黒いぬいぐるみだ。
「さっそく見つけたみたいね」
　心はにやりと笑って、全速力で駆けだした。
「見つけたわよ！　『あくのこころ』めー！」
　大きな声を張り上げ、龍樹に突撃する。
「え！？」
　驚いて目を瞬かせている。
　どうやら彼はひとのようだ。
「お前はただの人間だ！」
「うえ！？　力が抜けて」
「坊や、今、助けるわ！」
　心は龍樹の顔面に、拳を叩きこむべく、身構える。しかし、彼は心のろっこんで力が抜けてしまったのか、その場に座り込んでしまった。予想外の動きに心の右ストレートの狙いがそれる。
「ちッ」
　体勢を立て直して後ろに下がり、もう一度トライしようとしたのだが。
「よく見ると、ねーちゃんもかわいーじゃん！」
　スカートが勢いよくめくり上がったのがわかった。
「え……」
　思わず、声を漏らす心だったが、すぐに状況を理解した。
「……このッ！　ひとのくせに！」
　スカートを押さえつつ、拳を突き上げる。今度こそ、ぬいぐるみを巻き込む形で龍樹の顔面にヒットしたのだった。
「ぶほッ」
「可愛そうな坊や。今、『あくのこころ』を取り払ってあげるから」
　誰が何と言おうとぼこぼこにする。『あくのこころ』によるセクハラ行為を受けたという建前もできたわけだし。
「ま、まあ、落ちつけよ」
　心が迫ると、龍樹はぬいぐるみを抱えたまま背を向けて、逃げ出した。
「じゃ、またッ」
「逃がさないッ」

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