九夜山夏の花まつり｜リアクション

九夜山夏の花まつり

「ダーリン♪　温泉宿泊券2人分当てたんだけどー」
「念の為に聞くがダーリンとは俺の事じゃないよな？」
「えー？　何言ってるの、ダーリンはダーリンに決まってるじゃないですかー」
「よし、ちょっと待て。確かハリセンがこの辺に……」
「まさかのハリセン常備！？」

　新井晶が遠藤健の事をダーリン呼びすれば、慣れたように何かを探し始める健。
　晶が健の事を揶揄うのもこれが始めてというわけでなく、寧ろ顔を合わせる度に何かしら言うので段々と健も慣れてきているのだ。

「で、宿泊券当てたから行きたいと言う話で良いのか？　俺は別に構わないけど」
「あれ、意外と即決」
「ん？　いや、親しい友人と温泉に泊るなんて悩む事じゃなくないか？」

　晶は確かに健を揶揄ってくる事が多い。だが、ちゃんと節度は守っている為にけして不快にはならず、寧ろ健も楽しんでいるところがある。
　それ故に晶を親しい友人と思っているし、こうして誘いに対して行く事に悩む必要はないと思っている。
　という事で、二人は寝子温泉へと行く事になったのであった。

「食事も美味しくて、温泉も気持ち良かったですねー。でも、残念なことに男２人な旅行なわけですよねー」

　そんな事を言いながら健の方を見やる晶。それに対して健はまた何か始まったなと言う表情をしていた。

「こういう時にぴったりな台詞があります。お前がママ（彼女）になるんだよ！」
「待て。もう色々ツッコミどころしかないんだが。それどんな時に言う台詞なんだ？　何か凄い嫌な予感しかしないんだが……」

　どや顔しながら晶が女物の服や化粧道具を持ち出すのを見れば、健でなくても嫌な予感がするだろう。
　台詞に関しては年齢的にアウトな側面があるような気さえするが、実際のところは謎である。

「そもそも、女子役なら新井の方が適役だろ！？」
「いやですねー。ボクはいつも女装してるじゃないですかー。ネタにならないですし、マンネリは関係継続の為には避けるべき事ですよ？」
「だからって何で俺が女装しなきゃいけないんだよ！？　どう考えても似合わないだろうが！」
「大丈夫、大丈夫。ほらほら、大人しくしましょうね」

　ぐいぐい来る晶と何とか逃れようとする健。しかし、やたらと強く来る晶からは逃れる事ができなかった。

「ほーら。動かないで。化粧ちゃんとしないとですよ」
「解せぬ……」
「はいはい。解せないですねー」
「子供をあやす様に言うなやっ」

　テキパキと慣れた手つきで女装の為の化粧を施していく晶。
　そのあまりの手慣れた動きにいつしか健は抵抗する事を諦めていた。

「どうしてこうなった！」

　だが、嘆きの言葉は当然のように口から出るのは仕方ない事だろう。

「何で俺がこんな格好をしなければならないんだ……」
「ほらほら。そんなぶっすとしてたら折角の綺麗なイルミネーションが台無しですよー？」

　不機嫌そうにぶつぶつ言う健に対して晶はとても楽しそうにご機嫌な様子である。
　同じように女装しているのに、する人物が違うとここまで違うものだろうか。

　違和感なく可憐な女子そのままである晶と違い、元がスポーツマン的な見た目をしている健はどこか違和感がある。
　それでも良く見なければそれに気づかない程度になっているのは、晶の化粧の技術によるものなのだろう。

「大丈夫です。たまーにふつうがおかしくなるこの寝子島でもそうそう女体化はしません、女装で済みますよ。播磨さんという特殊例もありますけど」
「播磨さんって誰？」
「あ、知らないんですね。男子を女体化させる事が出来る特殊な人です」
「……意味が解らん」
「まぁ、遠藤君は巻き込まれ体質な気がしてるので、その内遭遇するかもしれませんねー。……ちょっと楽しみですねー」
「お前、変な事考えてないか？」

　晶が少し妙な事を考えながらも二人の夜は穏やかに過ぎていくのであった。

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