「九夜山にモンスターねぇ」

　そんな風に呟くのは自身の身をオリーブドラブのタンクトップと寝子高のジャージ上下に包んだ椎井 莉鳥だ。
　最近SNS等のネット界隈で噂されているモンスターの目撃情報。何でもその場所は九夜山との事なのだが、真偽の程は定かではない。

　だけど、何となく。そう、本当に何となく月夜が綺麗だったという事もあって莉鳥はトレーニングも兼ねて九夜山へとその足を向けていた。
　本当にいるのかどうかは解らない。それでも、この島において用心をしておいて損はないという事を莉鳥は理解している。
　だから、動き易い恰好をして、更に通販で用意した特殊警棒も所持して山道を慎重に歩いているのだ。

「ふぅん……。確かにちょっと嫌な気配を感じるわね」

　それはどこか拒絶するかのような、それでいて深い深いところへ誘おうとするかのような気配。
　それは莉鳥だけに向けられているものではないと彼女は気付く。これは、そう。まるで生ある全てに向けられている昏い気配。

「多分、感付かれた、かな……」

　周囲に漂う気配の元とも言えるような濃い気配を纏った何かがこちらに近づいて来ていると莉鳥は感じていた。

『キシャアアアアアアアッ』

　静寂を切り裂く甲高い叫び声。そして、木々の葉を幾つも散してそれは現れた。

「骸骨……？　いやだけど、上半身は人間のものだけど下半身は恐らく大蛇ね……。確かそんな化け物がいたわね」

　勿論それは空想上の怪物であり、現実の世界には存在しない。少なくとも一般的にはそういう事になっている。
　とある邪悪な魔術の研究の果てに産まれたラミアスケルトン。生命の冒涜の果てに誕生した怪物は生を持つ莉鳥をまるで恨みでもあるかのように強く強く意識している。

「ただでは返さない。そんな雰囲気ね」

　特殊警棒を取り出し構える莉鳥。相手が問答無用である事は既に理解している。つまりは、戦う以外に道はない。
　だが、戦いが正に始まるというその時だ。

『ッ！？』

　ラミアスケルトンへ不意打ちで後方から砲丸が投擲されるが、本能による危機察知能力によるものかそれを身をくねらせて回避してみせるラミアスケルトン。

「おいおい、こいつが噂の怪物か？　やれやれ、お化けの類は苦手だが放置できないよなぁ」

　砲丸を弄びながら暗がりから現れたのは新田 亮だ。
　亮もまた莉鳥と同じように噂を聞きつけ、その化け物が本当にいるのならば退治しようと九夜山へと来たのだ。
　九夜山を登っていく段階で間違いなく何かがいる事を確信した亮は警戒レベルを上げて化け物を捜索していたところ、高速で移動するラミアスケルトンを補足し、急いでこの場までやって来たというわけだ。

「やぁ、そいつを退治するには一人じゃ大変だろ？　俺も手伝うよ」
「あら、それは助かるわね。どうやって退治しようか悩んでいたところよ」

　軽口のようなやり取りを交わす莉鳥と亮。
　だが、互いに視線は目の前のラミアスケルトンから逸らす事はない。骨で出来ているように見えるハルバードを携えるこの怪物の危険度を互いに理解しているのだ。
　ラミアスケルトンは新たに現れた亮へ暫く視線を送っていたが、増えたところで関係ないと言わんばかりにハルバードを頭上で振り回す。

『キシャアアアアッ』
「っ！？」

　ラミアスケルトンの狙いはまずは莉鳥のようだ。
　甲高い叫びと共に間合いを詰めたラミアスケルトンがハルバードを莉鳥へと振り下ろす。

　それを間一髪のところで避ける莉鳥。
　ラミアスケルトンのハルバードの扱いは洗練されているというよりも、どこか身体能力に任せたものであるように感じられた。だが、身体が骨である所為かそれとも人間ではない怪物だからか時折人間では到底無理だと思われるような挙動をする事があり、結果として莉鳥は回避で手一杯となってしまう。

（あのハルバードの重量がどれくらいか知らないけど、当たったら無事では済まないと確信できる恐ろしい風切り音がしてるのよね……）

　それでもそんな中で莉鳥はラミアスケルトンの動きの1つ1つを見極めていこうとしていた。
　相手の動きを良く観察する事でどう対処すれば回避を出来るかを即判断する。その上で、勝機がどこにあるかを探るつもりなのだ。

　空気を切り裂いて振るわれるハルバード。それを莉鳥が身体を回転させて回避したところで入れ替わるようにして亮が前へと出る。
　1人であるならば砲丸投げを用いての遠距離戦でまず様子を見るつもりだった亮だが、今回は共に戦う仲間として莉鳥がいる。その為、莉鳥と出来るだけ協力して事に当たるつもりでいるのだ。

「はぁっ！」

　亮がろっこんを発動させラミアスケルトンの腕へとパンチによる攻撃を仕掛ける。
　ハンマーグローブを着用している為にパンチでも自らの手を傷つける事はない為、力を籠めて打ちつけるもののラミアスケルトンはそれを鬱陶しそうに払った。

「おっと。ちっ、骨だというのに随分硬いな……」

　亮とすれば今の攻撃であわよくばハルバードを奪うつもりだったのだが、そう簡単にはいかないようだ。
　ステップを踏み後ろへと下がる亮。依然としてラミアスケルトンがハルバードを構えている以上は距離をある程度取らなければ向こうの攻撃範囲だ。

　ハルバードを用いた攻撃のみならず時には尻尾による攻撃や力を溜めての加速からの低空ジャンプを見せるラミアスケルトンに対して亮と莉鳥は即席ながらもある程度の連携でそれに対応する。
　しかし、厄介なのはあの加速からの低空ジャンプだと亮は考えていた。力を溜める前動作がある為に何とか対応は出来るがそれを差し引いてもかなりの速度だ。
　だが、同時にそれこそが付け入るポイントだと莉鳥は見ていた。既に彼女の中では思考は終了し、どうすれば勝ち星を拾えるか思いついていた。

　莉鳥が動きながらも亮へと目配せをする。それを見た亮は彼女が何かをするつもりなのだと察してろっこんを発動させてラミアスケルトンへと攻撃を仕掛ける。
　上のジャージを脱ぎ終わった莉鳥は亮とラミアスケルトンの動きを観察して、タイミングを見計らってラミアスケルトンの頭上へとジャージを放り投げた。

『シャアアアッ！』

　突然の事にそれを何かしらの攻撃だと咄嗟に判断したラミアスケルトンはジャージをハルバードで切り裂く。
　その間に亮は瞬時に後退しつつ、莉鳥のフォローをいつでも出来るように移動をする。

「こっちよ！」

　ジャージに気を取られたラミアスケルトンは一瞬亮も莉鳥も見失ってしまっていたが、その声で莉鳥のいる場所を把握する。
　顔を向けた先には今までと違いあまりにも無防備な姿の莉鳥。それを好機と見て取ったのかラミアスケルトンは低空ジャンプの姿勢を取る。

（かかったわね！）

　しかし、それは莉鳥の狙い通りであった。
　ラミアスケルトンが低空ジャンプを行う体勢に入ったのを見たと同時に莉鳥はろっこんを発動させる。

「喰らいなさい！」

　莉鳥のろっこんの最大出力。低空ジャンプにて莉鳥へと目がけて飛んできたラミアスケルトンへそれは放出される。

『ギィシャアアアアアアアッ！？』

　先程までの叫び声とは性質の異なる叫び。
　ハルバードを取り落とし、力弱く後退るラミアスケルトン。
　
　明らかに弱っているが莉鳥にはもう追撃するだけの余裕はない。それどころか半ば相打ちのような形で既に地面へと倒れてしまってさえいる。
　しかし、それは今回に限っては問題とはならない。

「おらぁっ！」

　力強い踏み込みと共に吐かれる気合い。既に発動済みのろっこんによって強化されたパワーによるキックがまともにラミアスケルトンへと直撃する。

『ギィ、ガァッ！？』

　更にいつの間に拾っていたのかラミアスケルトンが落とした骨のハルバードを強化されたパワーで振り回しラミアスケルトンへと攻撃を行う。
　ラミアスケルトンに勝るとも劣らない程の風切り音。命中する度にラミアスケルトンの身体の骨が軋み砕かれる。

　最早ラミアスケルトンに抵抗を行う手段は残されていなかった。
　人知れず生を狙い動き出した怪物は、人知れずこうして退治される事となった。