■続・荒汁
　滝の水を背に受け、歯を食いしばっていた修。
　彼の脳内では暗記した円周率の羅列が始まっていた。が、しかし。
（くっ……集中できない……！）
　数字じゃダメなのか、と今度は滝行らしくお経を心の中で唱える。
（色即是空、空即是色……）
　すべてのものは、永劫不変の実体ではないという般若心経の教え。
　今、修の身体に浴びる水は流れ落ち、変化していく。まさにそれを体現しているように思えるが
（……水がっっ……辛い……！）
　意識が遠のきそうになるのを堪える。
（先生だって、皆だって耐えているのに……）
　チラリと見れば苦悶の表情を見せる俊介。
　しかしサキリや亮は涼しい表情を見せている。
（ここで脱落するわけには……！）
　亮の我慢比べ宣言も頭にあり、修は拳に力を入れた。

（つ　ら　い　！　！）
　想像以上の滝の勢い。意気揚々と立ち向かった竜司であったが、やはり冷たいものは冷たいし、痛いものは痛い。
　全身を針で刺されるような刺激に流石のドＭ系竜司も口から魂が抜けそうになる。
　今すぐここを抜け出したい。暖かい温もりを。できればロリッ子のすべすべな太股に挟まれ暖を取りたい。
　しかしながら、今日の日はそんな優しいロリッ子の姿は見当たらない。だが。だが！
（俺は負けない！ この程度で俺の心は負けねぇ！）
　熱血主人公ばりにウォォオオオウ！！！！ と吠え出しそうな竜司。
（滝行している女の子の白無垢姿素敵なんじゃーー！！！）
　　※残念、荒汁コースはＮＯ女子でした。
（特に透けて見えるおっぱいとかーーーーー！！）
　　※残念、アンダーウェアって手強いよね！　水樹さんなら黒水着だよ！　
　そう思ってたら途端に竜司の担任であり３５歳ロリ女教師であり、尚且つ竜司の想い人である相原 まゆの姿が浮かんだ。イェス、ナイスロリ！
　まゆ先生の滝行見たいよ、まゆ先生の白装束姿見たいよ、まゆ先生の濡れ透け見たいよ、まゆ先生の恥じらい控えめおっぱい見たいよまゆ先生まゆ先生まゆ先生……
「まゆ先生、大好きだーーーーーー！！！！」
　完全に吠えちゃったよ竜司さん。
　その途端、竜司の熱い想いにより竜司のろっこん【性春パワー！】が炸裂した。

　その時、竜司の隣にいた修にも変化が起こった。
　もう駄目かと、と修が膝を崩しそうになった瞬間。
　修に不思議な力が添えられた。
　目の前には、七夜 あおいの姿。
　滝の水流により、しっかりと視認はできないが、揺れるツインテールの髪が水の隙間からチラリと見え隠れしている。
（あお……い……！？）
　なぜこんな所に！？ などという常識的な疑問ら起こらない程に、修の身体は限界を迎えていた。
　目の前にあるあおいの姿は、滝のカーテンをスーッと通り抜け修の目の前に立つ。
「修君……一緒に、歌いましょう」
　あおいの姿が修を勇気づける。
「あおい……わかった」
　コクリと頷く修。そして、修の唇から紡がれる歌。
「♪陽光そそぐ学び舎に」
　最初は、呟きにしか聞こえない修の声。
　そこに脳内あおいさんが歌声を被せる。
「♪我らを育む 寝子ヶ浜の風」
　修は微笑んだ。
「♪また旅人が耳を澄ませば　波音安らかに聞こえん」
　そして熱唱である。
「自由な日々（ねこじまメモリーズ）寝子島高校　寝子島高校」
　
　修の突然の熱唱。そして竜司のまゆ先生への愛の言霊。
　それまで無を保ち、水との交流を深めていた武道の意識がそがれる。
（……えっ、ナニ！？ なんなの！？　水音以外に色んな叫びや歌声！？ ……て思ったら痛！ 一気に痛み来たよしかも寒い！ 水着もげちゃうぅぅうう！！！）
　一気に現実に引き戻されれば、様々な念が武道の頭をつついてくる。

　そんなカオスっぷりにも関わらず亮は、激しい滝に身を飲まれつつ静かに呼吸法を実践していた。
　余計なことは考えず、ただ己の呼吸に全神経を注ぐ。
　亮は鼻で大きく息を吸い込み、肺へと空気を送り込み。そして口から大きく息を吐く腹式呼吸を丁寧に実践していた。
　なるべく体温を下げないように、またリラックスを試みるように。
　確かにその滝の水圧は亮へと振り注いでいるのだが、豪雨に晒される地蔵の如く。また、周りの状況に左右されない鋼のメンタルと共に。

「……ふふ、たいしたことないね」
　亮のアルカイックスマイルをチラリと見、サキリも余裕の表情を見せた。
　しかし現実には亮程の余裕を持ってはいないサキリ。
（……だが、この状況を引き裂いて、己を超えてみせる！）
　改めて握り直したサキリのナイフ。
　鋭利な刃物当たり流れる水飛沫。
　これまでどれだけの血飛沫をこの刀身に浴びせただろうか。
（刃物が、僕に力を与えてくれる）
　滝のゴウゴウとした水温、そして握った刃物。
　瞳を閉じればフシギ現象は元より、それより以前のサキリの過去や様々な場面が走馬灯のように頭をよぎっていく。
『御主人様』
　愛刃であるダマスカスブレードに宿った付喪神の少女の姿。
『御主人様なら、もっともっとパワーが身につくはずです』
　滝壺の中に仲間と共にいたはずなのに、今のサキリは何もない無の空間に付喪神の少女とたゆたっている。
『私も、皆も、御主人様の傍におります。これからも、ずっと』
　真っ暗な無の空間、それだけ伝えると少女は、またダマスカスブレードへと戻っていた。
　サキリは無の空間で、そっとその柄に触れる。
　すると、サキリの中に新たなパワーが宿るのを感じた。

「１０分で～す、みなさまお疲れ様でした～」
　係員の言葉にサキリは一気に現実に引き戻され。
　やっと終わったー！と男性陣は滝から身を離す。
（さっきのは……精神……世界？）
　一人振り返るも、そこは変わらぬ滝であった。