イースター・イースター｜リアクション

イースター・イースター

「《Délicieux!》」

　看板に書かれたフランス語を流暢に読み上げたのは、まさに時計の国のアリスといった出で立ちの少女、佐藤瀬莉であった。スイスの時計学校への入学を夢見て勉強中の彼女は、フランス語もなんのその。キャットロードでの用事を終えた瀬莉は、ふらりふらりとその辺をぶらついていた。その時に目に入ったのが《Délicieux!》の看板だったのだ。窓からも見える内装に惹かれた瀬莉は、気紛れながらも入ってみることにした。

「いらっしゃいませー！」

　ちりんちりんとベルが鳴る。瀬莉を迎えたのは、制服がよく似合う少年の店員であった。金髪から生えるうさみみを揺らして瀬莉を案内する彼はまるで時計うさぎのよう。店員は席に着いた瀬莉に対し、にっこり笑顔ではきはきと喋る。

「只今イースターをイメージしたメニューを取り扱っております！」

　名札には卯木衛とあった。衛はテーブルに水の入ったコップとメニューを置く。今月のおすすめを幾つか紹介し、一礼しては丁度呼び出した他の客のオーダーに応えた。てきぱきとした働きに瀬莉は感心しつつ、メニューに視線を移す。

「かわいい！」

　うさぎをモチーフにした可愛らしいケーキやオムライス、色彩豊かなイースターエッグを見て、思わずそう零す瀬莉。どれもこれも目移りしてしまう。出来るものなら、端から端まで食べてしまいたいぐらいだ。
　でも……。瀬莉は逡巡する。父が資産家なだけあり金銭的な余裕は充分あるのだけれど、際限なく食べれば太ってしまう。純白のクリームや精巧な砂糖菓子、ふわふわのメレンゲは乙女を誘惑するけれど、その誘惑に身を任せた代償は乙女がゆえに悩ましい。甘いものは別腹だけど――と瀬莉はメニューのページをぱらりぱらりと捲って、ううんと腕を組む。

「ご注文は以上でよろしいですか？」

　エッグタルトにイースターエッグと、瀬莉にとってはとてもとても大きな存在に見える長身の店員が注文を復唱する。暫し後にそれを言い終えた店員はその紫水晶の瞳で瀬莉をまっすぐ捉えた。嫋やかで艶めいているが獲物を狙う蛇のようにも思える瞳。
　瀬莉は動じず頷く。そうして離れていく店員の背をぼんやり見ながら、これから届く料理たちに思いを馳せた。

　――可愛らしいお店だけあって、いらっしゃるお客様も皆愛らしい……！
　ふ、ふふ。先程席にいたアリスのような少女を思い出し、恍惚としながらアケーチはまた笑った。その弾む心に合わせてか、みょいんみょいんと頭のうさ耳も心なしか動いている。それでも手元のピックは乱れずにうさぎのラテアートを描いているのは、流石の器用さであった。
　――イースター万ッ歳……！
　そう思いながら、アケーチはトレーの上にカップを乗せた。

　お待たせいたしました、という言葉と共に瀬莉の前に現れたのは、ふわふわの卵に包まれたうさぎと、カップの中に浮かぶうさぎ。頼んでいたオムライスとコーヒーだ。色鮮やかなイースターエッグは上品なデザインのエッグスタンドと共に供される。

「いただきます！」

　こつ、こつとスプーンで慎重に殻を割って、中の卵を掬う。瀬莉はゆっくりと味わいながら食べ進めた。しばしばカップを手に取って、ラテアートを楽しみながら珈琲を口に含む。ほんわりと心が暖かくなる味わいに瀬莉はまた感心することになった。皿が空になる頃には、この店を気に入っていることに気付く。瀬莉は食後のケーキを楽しみにしながら、場に流れる緩やかな空気に身を委ねた。

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