イースター・イースター｜リアクション

イースター・イースター

　卯木衛が《Délicieux!》で働き始めたのは、一週間前のことだった。新しく出来た彼女とのデートや、大人びた彼女の隣を歩くに相応しい服装を揃えたりだとか、目指している大学のためだとか――夢見るふつうの少年には先立つもの、つまりきびしい現実の象徴、お金が必要だった。もちろんそれだけではなく、社会経験も兼ねてであるが。
　元気で明るい性格と、耳にピンと立つうさ耳や制服がよく似合う可愛らしい容姿も手伝って、無事採用された衛のバイト生活は実に順調なものだった。

「こんなお店があったなんて知らなかったよぉ」

　さて、そんなある日の昼下がり。シーサイドタウンでどこかいい店はないものかとふらりふらり、花に止まる蝶のように歩いていた壬生由貴奈は、《Délicieux!》の看板を見て、はてこのような店があっただろうかと思いつつ、ちらと覗いた店内の華やかさに感心した。

「お邪魔しまーす」

　さらさらと名前を書き、順番を待っている間に由貴奈は店員が皆うさ耳を付けていることに気が付く。それだけではなく、店全体の装飾からイースターをテーマにしていることもわかった。店内のうさぎたちを見ながら、彼女は自分の恋人を思う。彼は今日どうしているだろうか……そんなことを考えながら。

「卯木くん、お客さん」
「はーい！　今行きます！」

　由貴奈が待っていることなど露知らず、衛はさっと笑顔をその顔に浮かべ、口を開いた。しかし自分の前にいるのが誰なのかはっきりと認識した衛は、衝撃のあまり目を丸くする。

「いらっしゃいませ！　……って、あ！　由貴奈さん！？」
「あっ、うーちゃんだ」

　どうしてここに、という言葉を飲み込んで、衛は顔を伏せた。頭と一緒に、うさみみも垂れる。

「うーちゃんここでバイトしてたんだねぇ、知らなかったよぉ」
「あ、あはは……」

　慣れてきたうさみみ姿も、由貴奈が見ているとなればなんだか恥ずかしい格好のように思えて、衛はつい顔を赤らめた。由貴奈はそんな衛をしげしげ見つめて、けだるげな垂れ目を三日月にする。

「かわいいねぇ。今日はうさみみうーちゃん」
「……に、似合ってますか？」
「うん、かわいいかわいい」

　上目遣いで自分を見る衛を、写真撮っておこうかな、なんて思いも交えながら、由貴奈は楽しんだ。そういう衛は由貴奈に翻弄されるばかりであったが、はっと――今はプライベートな時間ではなく、仕事中だということを思い出して、また営業スマイルを作る。

「お席にご案内しますね！」
「ふふ。じゃあ案内よろしくねぇ、店員さん」

　にこにこと笑顔を崩さない由貴奈は席に着くと、簡潔に注文を済ませた。もうちょっと衛をからかいたい気持ちもあったが、バイトの邪魔をしてはいけないだろうという理性でおさえる。衛は注文をメモしながら、せっかく会えたというのに、いちゃいちゃできない悔しさをぐっと耐えていた。しかし、ちらりと時計を見たらもうすぐ上がりの時間だということに気付き、気を持ち直す。

「ねえ由貴奈さん」
「ん？」
「もうすぐ上がりなんで、待っててくれませんか？」

　衛の提案に、由貴奈はふふ、と笑った。

「いいよぉ」

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