■レジェンドオブプロデューサー
「ヒャッハー！　この学園は俺たちがいたグギャアアアアアア！？」
　冒頭から失礼。神聖コーデ学園に現われたコーデヒャッハーたちはいきなり血を吹いてぶっ倒れた。
　なぜならば！
「この椿 美咲紀がいるからなのです！」
　屋上から舞い降りる天使のごときコーデ。
　否、彼女はまさしく天使であった。
　白いシャツにブルーのふんわりしたスカートをあわせた爽やかなコーデ。
　学校の花壇に花びらひとつ傷付けることなく降り立った彼女のコーデ力に、コーデヒャッハーたちはたちまち浄化されていく。
　さながら波打ち際の砂のごとく、日に干されたお布団のごとく、清らかなるコーデ民となった彼らは早速清らかな学生コーデに着替え、美咲紀のもとへと跪いた。
「さあ皆さん、一緒にお水を上げるのです！」
「「はーい！」」
　そんな姿を屋上から見下ろす八神 修。
「コーデにはＴＰＯが求められる。しかし忘れがちなのが時間帯だ。朝には朝の、昼には昼の、夜には夜のコーデがある、俺の手にかかれば、彼女という花もより強いコーデ力を発揮することが出来るだろう」
　学園の平和を守るコーディネイター美咲紀。そのコーデ力を支えているのがプロデューサー修である。
　彼のプロデュースは美咲紀という素材を究極にまで高め、世界ひいては宇宙までもを光で満たすことだろう。
「さて、昼のコーデに向けて準備をしなくては。……む、あれは？」
　準備に戻ろうとしていた修。ふとある学生が目にとまった。
　すらりとしたボディライン。短くしかし涼しげにまとめた髪。そしてなにより、深い神秘性を感じさせる目。
　スカートの下にジャージをはいたりぼんやりとした振る舞いをしているせいで目立ってはいないが……しかし……。
「あの生徒。ただならぬコーデ力を秘めているな……」
　学生の名は木野 聖華。
　後に神に選ばれる女学生である。

　木野 聖華について語ろう。
　吹奏楽部所属、ドラム担当。それゆえマイドラムスティックを日頃から持ち歩き、身体の一部のようにあちこちを叩いてはリズム感を身体にしみこませている。
　クラスメイトからは奇人のように扱われているが、彼女にとってはボールペンを指の上で回したり椅子の上で足を組んだりするような、きわめて日常的な動作なのだ。
　彼女にとって非日常と言うべきはむしろ……。
「コーデ力ねえ。服装を変えただけで、どうしてあんなになるんだか」
　超優良生徒になった元ヒャッハーが花壇のお手入れをするさまを、聖華はぼんやりと眺めていた。
　コーデなんて縁遠い存在。
　自分が豪奢なドレスや、肩や足を大胆に露出したドレスを身に纏った所を想像してみたが、愉快な笑いが零れるだけだった。
「ま、自分にゃ学校制服でじゅーぶん、ってね」
　スティックを指の上でくるくると回しながら、聖華は放課後の音楽室へ足を向けた。
　と、そんな彼女を物陰から見つめる怪しい影。
　分厚い眼鏡と大きなマスク、長い髪とマフラーでコーデ力を隠したこの女こそ――。
「見つけたわ。世界で二番目に美しくなる、ダイヤの原石」

　さー今日も元気に体育会系文化部をやりますかねと楽器倉庫へ入ったその途端。
「おとなしくしなさい」
　背後から接近され、首に二本指が当てられた。美しいネイルアートが施されたその手は、触れる者を一瞬で蒸発させかねない恐るべきコーデ力にあふれていた。
　学園にそんな存在がいたとは。
　恐怖に思わず息を呑む聖華。
　そんな彼女に……。
「ふふふ、あなた、いい素材をしていますね。宇宙で私の次に美しくなることを許しますよ！」
「な、何を言って……ひい！？」
　聖華からだって『ひい』という言葉くらい出る。突然投げ飛ばされ、空中をくるくる回転した後いつの間にか壁ドン姿勢に持ち込まれていれば誰だって出る。
「な、なんすか？　意味わかんないんで――ひい！」
　聖華から二度も『ひい』なんて言葉が出ることもある。接近した女の胸が思ったより三倍くらい大きかったら誰だって出る。
「分かっていませんね。私は宇宙最強のコーデ力を持っていますが、そんな私でももっていないものがある。分かりますか？　そう、その華奢なボディ！」
「だれがスレンダーか」
　最大限に言葉を選ぶ二人である。
　女はピッと名刺を取り出した。
　『神（ゴッド）プロデューサー・仲秋 薫』
「別に胸がなくたって困らないし！　むしろシンバルやるとき邪魔だし！　大体そんな自分にはカンケーな――ひいぃっ！？」
　聖華から本日三度目の『ひい』が出ることだってある。
　突如襟首を掴まれ、どこかへ高速で連れ去られれば誰だって出る。

　１カメ、２カメ、３カメの順でご覧頂こう。
　はいドン。ダークグリーンのノースリーブニット！
「ひい！？」
　更にドン。手首にチェーンブレスレット！
「ひい！？」
　とどめにドン。純白のシフォンスカート！
「ひいい！？」
　大きな鏡の前に立たされた聖華は、もうそういうキャラなんじゃないかと誤解するくらいひいって言っていた。
　大胆に露出した腕から肩のライン。デコルテ部分にはすかしが入り、首筋から胸元にかけてを美しく際立たせている。
　さらには手首にほどよく飾られたチェーンブレスレットが動くたびにきらりと光を返し、聖華の本来持っている長くて細い、それでいてしなやかな手足を強調している。
　おまけにシフォンスカートである
「まるで乙女心のようにふわりとゆらめくこのスカート。脚光が薄い生地に華奢な脚の影を落としても、淡雪のように繊細な刺繍が花園を覆い隠すでしょう」
「なんてものきせんだ！」
　膝を押さえて前屈みになり、今度は胸元を押さえてのけぞる聖華。
　どこをどう押さえても手が足りないという慌ただしさである。
「やはり君だったか――仲秋 薫！」
　ばん、と扉が開かれる。
　そこに立っていたのは八神 修。そして昼コーデの椿 美咲紀である。
「この輝き……まさかコーディネイター！？」
「いや、『なった』のだ……今！」
　びしりと指をつきつけられ、聖華は自らの姿と周囲を見比べた。
　お気づきであろうか。
　今聖華を取り巻く全環境が夢のように光り輝き、あらゆる人々が彼女に見とれ、憧れ、敬いはじめていることに。
　鳥は歌い空には虹がかかり、時の流れすら彼女の前では下僕に等しかった。
「ふふ……素材を磨きすぎて、宇宙一のコーデ力をつけてしまったようですね」
　聖華の前髪を指でついっと整えてやる薫。
　修は自らを守るべく手を翳し、美咲紀へと呼びかけた。
「コーディネイターが出会ったなら、やるべきことは一つだ！　宇宙一はひとりだけだと教えてやれ、美咲紀！」
「はいはいさー！（斬新なかけ声）」
　美咲紀が光を放ちはじめる。
「彼女の昼コーデ。それは清楚な白いワンピースだ。まるで昼休みにピアノを弾く天使を彷彿とさせるようなこのコーデ……！」
　白、オレンジ、イエローを基調とした美咲紀のコーデは爽やかでありながらどこか強い生命力にあふれていた。
　聖華の目には彼女が白い翼をはやしてピアノを奏でるさまがありありと幻視できた。
「生粋のお嬢様性を活かしたというわけですか。しかし素材を活かす腕なら、こちらとて……見なさい！」
　聖華の足下を見せる薫。
　そこにあったのはどこかオトナを感じさせるサンダル。さらには髪に黄色い花簪を添えて……。
「完成」
　途端、聖華からまばゆいコーデ力があふれ出した。
　宇宙が一度塗り変わり、銀河が彼女の色に染まっていく。
「こ、これほどまでに……！」
　宇宙の再誕生を見た修は、手にしていたアタッシュケースを開いた。
「美咲紀、奥の手だ。夜コーデにチェンジしろ！」
「は、はいなのです！」
　見えない翼を広げて飛び上がる美咲紀、修の放ったファッションが彼女へ吸い込まれていき、一瞬にして別のコーデへとチェンジした。
「それは！」
「なんと！」
「体操服、アンド、ブルマだ」
　ちゃきりと眼鏡をかける修。
「レトロかつ究極のパワーで身体の線を見せつけつつ健康的な魅力を解き放つコーデ。未成熟な胸の膨らみが見せる美しさはまさに花開く乙女……！」
　美咲紀に天空から花びらが降り注ぎ、大地を無数の花々が埋めていく。
「コーディネイターが美の神であるならば、プロデューサーはそれを生み出す美の介添人。俺がついている限り、美咲紀に負けは無い」
「それはこちらの台詞ですよ。私こそが世界一の美。私イコール美！　ゆえに私が生み出す美しさこそ、宇宙を征するのです！」
　ぎらりと二人の眼鏡が光る。
　全宇宙をかけたコーデバトルが、いま始まる……！