あの日のあとで２｜リアクション

あの日のあとで２

　ケーキ屋へと向かう最中、会話は自然と、がまん大会の話題に触れた。
「七夜はやたらと強かったが、暑いのが得意なのか？」
　獅子目悠月の問いに、七夜あおいが「うーん」と首を傾げる。
「どうだろ？　あんまり考えたことなかったかも」
「そういうものか。まあ、いずれにせよ最初にリタイアした来島は論外だが」
　火種の元を一言付け足せば、名指しされた来島アカリが眼差しをきゅっと険しくした。
「は？　獅子目も一緒に倒れといて何言ってんだよ」
　またもバチバチッと火花を飛ばし始めるアカリと悠月。
　そんな２人の様子に鴻上彰尋がふっと柔らかく笑めば、
「そういう鴻上は無茶のし過ぎといった感じだったがな」
　と、悠月の口撃の矛先が、不意に彰尋へと向かう。
「そうそう、そんなに勝ちたかったのか？」
　と、アカリにも追撃されて、彰尋は、うぐ、と言葉に詰まった。
　倒れるに至った本当の理由は、とてもじゃないが口にできない。
　あおいのシャツが汗のせいで淡く透けていたのが決定打だなんて、そんな。だから彰尋は、
「うん、勝負事だったからね。勝ちたいって思ったら頑張りすぎてしまったみたいで」
　なんて、それらしい理由を即興で考えてお茶を濁した。
　アカリが、まだ少し納得がいっていないように首を傾ける。
「鴻上にそんな負けず嫌いなイメージなかったんだけどなー？」
「ええと……そうかな？」
「まあ、いずれにせよ今後は気を付けろ。暫くは膝枕で看病されたのも、覚えていないんじゃないか？」
「……へ？」
　さりげない悠月の言葉は、彰尋からしてみれば青天の霹靂だ。
　一瞬、あおいに膝枕される自分の姿が頭を過ぎってしまった彰尋だが、
（じゅ、十中八九は来島さんだよな。うん、ちゃんとわかってる！）
　と自分の中で上手に折り合いを付けて、アカリへと軽く、けれども真摯に頭を下げた。
「ごめん、来島さん。ものすごい迷惑を掛けたみたいで……」
「いや、それ、俺じゃねーけど？」
「え？　じゃあ……悠月君が？」
「鴻上、俺がそういうことをしたと思うか？」
　気付けば、アカリと悠月の視線はあおいへと向けられている。
　彰尋は、自分の頬に何とも形容し難い汗が伝うのを感じた。
「もしかして……あおいさんが？」
「うん、そうなんだけど……ごめん、嫌だったかな？　緊急事態だったから、つい……」
「いやっ、こっちこそごめん！　その……ありがとう、あおいさん……」
　ぺこりと勢いよく頭を下げたまま熱を帯びる顔を上げられない彰尋を他所に、
「おい、あそこか？」
　と、悠月が常の調子で声を上げた。どうやら、目的の店に辿り着いたらしい。
「ずいぶん混んでいるな」
「わ、本当だね。座れるかなぁ？」
　悠月の言葉に、あおいが応じる。
　ようやっと顔を上げた彰尋の耳元で、アカリがこそりと囁いた。
「……そんなにいーとこ見せたかったの？」
　耳打ちされた台詞の意を察して、気が付かれたかな、と彰尋は胸の内に呟く。
　けれどアカリには、誤魔化すように笑顔を向けてみせた。
「いいところを見せたかったというより、少しでも長く一緒に遊べたら良いなって思っていたかな？」
　ムキになる二人も楽しかったしね、と言葉を添えれば、
「って、ムキになんてなってねーし！」
　と、アカリはむぅと唇を尖らせて、悠月達の後を追って店へと向かうのだった。

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