さくらの道もあたらしく｜リアクション

さくらの道もあたらしく

☆寝子中始業式！

「……ザマスから、新しい学年、気を引き締めてスタートを切るザマス」
　ぽかぽか陽気の校庭で校長先生の話を聞きながら、月守輝夜はあくびをこらえていた。
　今日は寝子島中学校の始業式です。
（まだ春休みの感覚が抜けなくて眠いな。久しぶりに早く起きたから）
「ふあああー」
　聞き覚えのあるあくびの出所を目で追うと、やはり片思い中の青木慎之介だった。
（やっぱり同じクラスになれなかったな……）　
　寂しいけど、それはそれとして眠いものは眠い。
　壇上の杉村小春校長がジロリとこちらを見たようで、真面目な輝夜は肩をすくめた。
（昨日遅くまでゲームしてて……慎之介くんに電話して聞きながら進めたりしてたから）　
　ゲームが楽しかったこともあるけど、慎之介くんが楽しそうに返事をしてくれるのが嬉しくて。
　つい切るきっかけを逃してしまった。
　いわば輝夜も慎之介の眠気の共犯のようなものだ。
　幸い校長は慎之介を注意することなく、そのまま話が続いた。
「三年生はいよいよ受験の年ザマス。春休み気分でいる場合ではないザマスよ」
　それは輝夜もよくわかっている。
　しかし注意されずほっとすると、さらに眠気が襲ってきた。
（もう三年になったんだからしっかり受験も頑張らないと。寝子高にいけたらいいな）
　早く寝なくちゃ朝に影響しちゃうな、と眠気を飛ばすべく、輝夜は拳を握り締めた。

　何とか始業式はうとうとしなくて済んだ輝夜だが、教室に入っても眠気は取れなかった。
（このまま机につっぷしたら間違いなく寝そう）
　しかし容赦なく先生の話は続く。
　輝夜は頬を両手で軽く叩いた。
（加藤先生に気付かれないようにしなくちゃ）
「春休み中の宿題は済んだな？　係の者に提出しておけ。明日からは授業だから気を抜くなよ」
　加藤秀雄先生はふてぶてしい面構えで言い、明日の連絡を始めるのだった。
　
　いつの間にか眠気も飛んだ放課後。
　輝夜は急いで教室を出て、隣のクラスから出てきた慎之介に声をかける。
「慎之介くん、一緒に帰ろう。部活があるなら待ってるよ」
　もし部活なら応援に行くつもりだった。
「今日は部活休みだぜ！　スプリングホリディはほとんど休めなかったしな」
　慎之介はそう言ってニカッと笑った。
「良かった」
　慎之介に聞きたいことがある。
　桜の花びらの舞う道を一緒に帰りながら、そう言うと、
「ああ、昨日のゲームの続きか？」
　屈託ない顔をする慎之介。
「……そうじゃないの。進路のことだよ」
「ホワット？」　
「一緒に寝子高に行けたらいいけど島外だったら離れ離れになっちゃうよね」
　そうなったら寂しい。
　輝夜の真剣な目に、慎之介は視線を逸らした。
「あー……」
「まさかまだ決めてないって事はないよね？　だってもう３年だし。将来の夢は、やっぱりバスケの選手？　……私の夢は幼稚園の先生かな。まだ悩んでるけど」
　子供たちに囲まれる自分の姿を想像して笑顔になる輝夜に、慎之介は言いづらそうに口を開いた。
「俺さ、アメリカの高校行ってみたいんだ」
「……えっ？」
　うららかな春の日差しが、急に翳った気がした。
「アメリカでビッグドリームを掴むのが俺の夢だぜ！」
「ビッグドリームって……何？」
「それはまだよくわかんねえけど。とにかくアメリカにしかないようなビッグドリームさ」
「それじゃ……アメリカ行っちゃうの？」
「できればな」
　輝夜は何といえばいいかわからなかった。
『頑張って』？それとも『行かないで』？
「すぐ行くわけじゃないよ」
　うつむいた顔を上げると、慎之介が困ったようにこちらを見ていた。
「あと１年もあるんだぜ？　そんな顔すんなよ！」
「……そうだね」
（高校が違っても、近所ならいつだって会えると思っていたのに）
　思いがけない成り行きに、輝夜の心は乱れた。

このページにイラストを設定する