恋愛シミュレーション・らぶねこ！｜リアクション

恋愛シミュレーション・らぶねこ！

■古苗木美姫ルート
　匿名ブログをごらんの皆様、雪解けのこの季節をいかがお過ごしでしょうか。
　会社帰りに高校のそばを通ると、遅くまで残ったらしい吹奏楽部の音色が聞こえてきます。そんな音を聞くたび思い出す青春の日々には、必ず美姫先生との日々がありました。
　今日は古い昔を懐かしむために、美姫先生の思い出を語ることにしましょう。

　先生との出会いはねこのあな秋葉原店の商品棚でした。
　ゲームパッケージの右上の端でどこかを眺める女性を、かつての私は見つけました。
　眼鏡の奥にある憂いと、そし深い優しさをたたえた表情。私は思わず手を伸ばして触れようとして、その愚かさに思わず指を震わせました。

　美姫先生は、その穏やかな表情とは裏腹に透き通る氷のような声をしていました。
　クラシック音楽を聞く授業で爆睡する私に先生はぴしゃりと叱ってくれました。
　今でも鮮明に思い出せます。
　『罰を与える趣味はないけれど、あとで手伝ってもらおうかしら』
　罰という言葉の冷たさと、そばにいてくれる暖かさが同居したその言葉に、私はどこか救われていたものです。

　先生は大人の女性で、触れるには畏れを伴いました。
　だからこそ会話には理由が必要でしたし、隣に座るにも理由を用意する必要がありました。
　わざと音楽の授業で失敗を重ねては、補習授業を受けるのです。ピアノの演奏を間違えるたびに手を重ねてくれる先生に、私はおそらく甘えていたのでしょう。

　私の嘘は、美姫先生にとっては封筒の透けた手紙のようなものでした。
　何度か補習授業を重ねるうち、先生は私の上達を褒めながらも自分のことを語ってくれました。
　今となっては恥ずかしい話です。
　コーヒーのマグカップをもつ先生の手と、まるで画面から香るかのようなあの夕暮れのＣＧを、私は一晩中ずっと眺めていたのですから。飲めもしないコーヒーに砂糖を沢山いれながら。

　美姫先生には夢があったそうです。ドイツの音楽院で本格的に学ぼうとしたけれど、家庭の事情で教師にならざるをえなかった。
　思えばよくある話ですし、きっと進路相談の時期になれば色々な生徒に語って聞かせていたのでしょう。けれど子供だった私は、美姫先生が自分に心を開いてくれていると思い込んだのです。
　いえ、本当にそうだったのかもしれません。
　未だにそう信じたいだけなのかもしれません。

　別れの日は、案外すぐにやってきました。
　美姫先生が教師をやめる。そんな話を聞いたときのコントローラーの震え。
　これで終わってしまう。顔を見ることも無くエンドロールが流れてしまう。そんな恐怖から、私は必死に選択を絞りました。
　追いつくことは難しい。伝える言葉だってありません。私と美姫先生は、あくまで教師と生徒でしかなかったのですから。

　私が出せた答えはひとつだけでした。
　空港のロビーに置かれたピアノで、先生から教わった曲を弾くというただそれだけのこと。
　なんて恥ずかしいことでしょう。今思い出しても赤面ものです。
　けれど先生が去り際にみせた頬の涙が、その全てをよしとしました。

　あれからゲームはプレイしていません。
　私には他の道もあったのかもしれません。別の恋ができたのかもしれません。
　けれどなぜだか、美姫先生との思い出をそのままとっておきたい……そう思えて、私はゲームのプレイをやめました。
　円盤はまだ、部屋の棚に収まっています。
　唯一の、思い出として。

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