人生の転換期｜リアクション

人生の転換期

☆めざまし君

　その朝、日暮ねむるは珍しく心地よく目覚めた。
　のびをしながら時計に目をやると登校時間はとっくに過ぎている。
「今日はめざましくん、来ないのか」
　めざまし君とは、毎朝力づくでねむるを叩き起こしに来る野良の白猫だ。
　鳴きもせずポーカーフェイスな佇まいとは裏腹に、毎度のように強烈な一撃をお見舞いしてはその場に鎮座する大胆さも兼ね備える食えない猫。
　おかげで最近は遅刻することもなくなっていたのだが。
（うっとおしく感じてても、何だかんだ来ないと寂しいものだなぁ）
　なんて考えながらあくびを噛み殺し玄関を開けると。
「あれ、めざましくん……！！」
　既視感を感じた。
　玄関の前で口を大きく開け苦しそうに胸を上下させている猫。
（そんな、嘘だろ）
　子供の頃の苦い記憶が鮮明に蘇ろうとする。
　それを必死に押し殺し、ねむるは寒さも構わず制服の上着を脱いだ。
　めざまし君を制服の上着でくるみ、カゴに載せる。
　学校のことはもう頭になかった。
　動物病院目掛けて必死に自転車を漕ぐ。
「死なれちゃ困るんだよね、助けてもらってばっかでこちとらまだ何も返せてないんだからさ」
（あの日の僕は無理だった、けど今ならきっと）

　７歳のころ山で出会ったキジトラ模様のノラ猫。
　僕を導いてくれた、展望台で毎日夕日を一緒に見た猫。
　あの日もこんなふうに、目を閉じてお腹が震えていて……
　なんとか動物病院に預けることはできたけど、怖くて結果を聞きに行くことができなかった。
　一週間が過ぎ病院へ向かったけれどノラは消えていて。
　あの後どうなったのか先生は最後まで教えてはくれなかった。

　動物病院での待ち時間は、とても長く感じられた。
　あの日と同じ獣医さんが、めざまし君を診てくれた。
「もう大丈夫だ。ぜんそくだね。不潔な環境が原因だろう」
　普通の呼吸に戻っためざまし君は、いつもより小さく見えた。
　そして薄目を開けてねむるのほうを見た。
　治すには清潔な環境が必要だ、と先生は言った。
　帰り際に「余計なお世話だが」と前置きして先生は言った。
「昔のことを気にしてるなら……君はもう十分償っただろう。この子の事が好きなら、飼ってあげたらいいんじゃないかい」
　その一言が心に刺さった。
　
　病院を後にしたねむるは、数歩あるいた後、壁によりかかりへたり込んだ。
（良かった……今度は助けられた）
　溢れる涙を拭いながら見上げた空は、いつか見た茜色に染まって見えた。
（もう、いいかなノラ。あの子と暮らしても……）

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