ある日の部室の困りごと｜リアクション

ある日の部室の困りごと

「まずは僕から行こう」
　ウォーミングアップの後、ねむるがボクシンググローブをはめた。
　前に出てきたのは、トサカのようなモヒカンが特徴のカンガルーだった。
　リズミカルにピョンピョン飛び跳ねる様子は、なんとなく陽気なイメージだ。
「ガーッ」
　威嚇の声を上げるカンガルーにねむるはのんびり言う。
「お手柔らかに、ね」
　拳を合わせると、円がゴングを鳴らす。
「がんばれ～！」
　円と亮の声援を聞きながら、ねむるはモヒカンガルーを見つめ考えた。
（序盤は間合いを取りつつジャブを放ち出方を伺おう）　
　おおらかでお人よしなねむるだが、勝負となれば話は別。冷静に戦術を考える。
　しかし。
　間合いを取る間もなく、カンガルーが猛烈に突進してくる！　
　そして強烈な拳を放った。
　ガードするも、ねむるはロープまで吹き飛ばされた。
「おおっ、モヒカンガルー選手のジャンピングストレートが決まった！」
　円が適当な命名で解説をしている。
「ねむる選手立ち上がれるか？　がんばれ！」
（技術もへったくれもない理不尽過ぎる暴力だ。……あの突進力、強靭な足腰のバネを活かしてるんだな）
　よろよろと身体を起こすねむる。けっこう効いている。
（あんなのをあと一発貰ったらアウトだなぁ）
　だがねむるはそんな思いを顔に出さず立ち上がる。
「ふあああ……」
　わざとあくびをして相手を挑発する。
　ねむるは見かけによらず、運動はそこそこ得意な格闘技オタクだ。
　激昂したモヒカンガルーをステップワークでいなしつつ、威力は弱いが鞭のようにしなるフリッカージャブでコツコツストレスを与え続ける。
　たまりかねたカンガルーがジャンプのため膝を曲げる。
（今だ）
　相手の苛立ちが頂点に達し、攻撃にのみ意識が向いた瞬間。
　突撃するカンガルーの脇腹にコンパクトにボディブローを放つ！
　倒れたカンガルーに、円がカウントを取る。
「……８、９、１０。決まった！　ねむる選手の勝利！」
　モヒカンガルーはノックアウトされた。
「おたくの突進力を利用させてもらいました。悪いね、僕の勝ちだよ」
　勝者として手を上に上げられながら、ねむるはいつもののんびりした調子で言った。

「次は俺か。まぁとりあえず勝てばいいんだろ」
　最近ボクシング部に入部した小柄で童顔な亮は、幼少の頃虐められたコンプレックスからボクシングと柔道を習っている。
　潜在的な筋肉量と体力は平均男性より若干低いが、頭の回転は速い。
　亮の相手は、落ち着いた感じの渋いカンガルーだった。
「新田君がんば～」
　ねむるがセコンドにつく。
「亮くん頑張れ～、これで勝てば決まりだよ」
　円も応援しながらレフェリーをする。
（まずはカウンター姿勢で相手の出方を伺ってみるか）
　さっきの試合の突進を警戒しつつ、亮は渋いカンガルーに近づいていく。
　背中を丸め、両足のかかとは上げたまま。
　カンガルーの動きは鈍い。相手もこっちの動きを窺っているのか？
（それならこっちから行くぞ）
　軽くフェイントをかけ、亮のアッパーがうなる！
　その時、すっ、とカンガルーは後ろに下がった。
　そして、足の代わりに尾を地面につけて、両足を浮かせて……
「よけろ！」
（えっ？）
　ねむるが叫ぶが、一瞬のことに、ガードするのとダメージがきたのは同時だった。
　亮は両足のキックを食らい吹っ飛んでいた。
　強烈なキックにロープに叩きつけられ、意識はあるが体が思うように動かない。
「渋カンガルー選手のダイナマイトダブルキック！　これは反則か！」　
　円が解説し、モヒカンガルーが尻尾でカウントを刻む。
　ようやく亮が起き上がったときには遅かった。
（負けた……）
「キックボクシングだったのか？　そもそも会話ができないからルールの確認も無理だし、異種格闘技と考えるしかないか……」
　亮にタオルをかけながらねむるが考えているうちに、モヒカンガルーは渋カンガルーの手を上げた。
「亮くん大丈夫？」
　円が傷を確認する。幸い大したことはないようだ。コメディエアーの影響があるのかもしれない。
「ああ……すまない」
「ドンマイだよ。これで一勝一敗、ボクが決める」　　
　うつむく亮の肩を叩き、円は不敵に笑った。
　

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