天界よりの試練　――花咲く風のコズエル――｜リアクション

天界よりの試練　――花咲く風のコズエル――

　それとほぼ同じ時間。

（あぁ……いい、凄くいいですぅ……）
　内心恍惚状態になりそうになりながら、ネヴィアは目に見えるギミックを避けつつ適当に攻撃を喰らっていた。しかも別の職の人と別タイミングという治癒士・歌楽士が判断に迷わないように、という配慮つきである。
「あのドM、なかなか気配りできる……」
　璃音は思わず呟くがネヴィアには聞こえていない。適当にタンク役である九月や天才の陰に隠れつつ、チャンスを見計らって前に出、攻撃しつつ攻撃も喰らう。それが程よく他のアタッカーのカバーリングにも繋がっているのだ。
「大丈夫か、ネヴィア！」
　刀が声をかけ、それで我に帰るネヴィア。
「これぐらい、どうってことない！」
「いや、ＨＰ削れてる削れてるっ！」
　刀に突っ込まれ、追い出すように九月がネヴィアの前に出る。彼女は突き飛ばしたつもりはなかったものの、ネヴィアはそれに対しぞくっ、ときてしまっていた。九月が気づいていないのが幸いだろう。
「カバーリング上手ですねっ！　でも無茶しちゃいけませんよ？」
　初心者ながら巧みな位置取りでタイミングよく戦斧で攻撃をはじき、軽戦士や拳闘士をフォローする九月。誰が狙われているかを即座に判断できたのが、彼女の幸運だった。
「ほら、しっかりするんだ！」
　アカリがネヴィアの回復をしている間に、都が魔曲スキル使用中でも使えるエコーノイズでコズエルを苛む。これは敵へ金属性魔法ダメージと共に攻撃力・防御力の双方をダウンさせる効果を持つ。
「歌楽士はスキル奏でている間は一部を除くけど他のスキルが使えない。そこが難点よねぇ」
　ポツリと呟きながらふぅ、とため息を付いた。が、彼女は妙に冷たい物を感じる。
（なんだろ、『静寂の緑』がさっき来たって事は……次は『尊き蒼』？）
　そう思った瞬間、璃音の目の前に青い蝶のエフェクトが現れる。それが十字架を形作る前に璃音は離れようとするも、青白い蝶は付いてくる。
（ここで落ちるわけには……！）
　そう、璃音が身構えた時、咄嗟に入る者がいた。灯斗南である。彼もまた初心者であった。だが、経験者達のアドバイスを受けながら、彼は静かに役目を果たしていた。他の経験者からアドバイスを貰い、コズエルの攻撃から地味に仲間をカバーしつづけていた。だが、治癒士から回復を受けつつも、そのタイミングを逃す事もあった。
　璃音の目の前で、局地的な吹雪が起こる。それに斗南はぐっ、と気を集中して耐える。【凍結】を防ぐためだ。
　けれども、運が悪かった。たまたまクリーンヒットし、残っていたＨＰの殆どを持っていかれた。前衛を回復させていた治癒士たちの死角となってしまい、音を立てて斗南は地面に倒れる。
　慌てて修が回復させようとしたが、幾つものシャボン玉となって虚空へ浮かび、消えていった。
「ユーっ！？」
　エスカルゴが振り返ったとき、既に斗南の姿はなかった。それに思わず息を飲む。
（僕の知っているコズエルより、威力も上？　兎も角……仇は、とる！）
　エスカルゴは地面をけり、じわじわと治癒士へ迫るコズエルの腹をグーパンチで思いっきり殴りつけた。

　――同時に舞う、黒い蝶。

　空間一杯に解き放たれた『別れの黒』――それが意味するのは、戦いが新しい局面へと移行した、という事だった。

（こっからが、本番――！）

　同時に、エスカルゴの意識が遠のいた。

『全ての驕れる者に、眠りを……。
　人は、力の使い方をしらず、誤り、争いをやめない。
　愚かな欲が、その力の使い方を誤らせるのです』

　コズエルは謡う。これは、慈愛なのだと。これは、人が人でいるための慈愛なのだと。だが、その場にいた挑戦者たちは、皆、自然と思ってしまっていた。

　――この極天使との戦いに、勝利したい、と。