【自治会長選任戦サイト『御神体様のお導き』より】

■逃亡者情報（土曜１６時現在）
・秋風 透氏。忍術を駆使し逃亡中の模様。
「俺を説得しようたってそうはいかないぜ？　払わせたけりゃ捕まえてみな！」とのことです。

・怪盗ケットシー氏。
「俺は６カ月分の５４００円を支払う準備はある。けどな。ただハイって渡すのもつまんねぇから俺は逃げる。次期自治会長様は素直に言うこと聞く奴だけが寮生じゃないってことを身をもって知るべきだと俺は思うぜ」と宣戦布告済みとのこと。しかし、まだその姿を見つけた者はいないようです。

■各候補者の動向
・後木派、候補者後木さん・冴木さんの陸上部コンビが逃亡者捜索に乗り出している模様です。
・骨削派、桜崎さんが滞納者を求めて寮生の部屋を順に回っております。ご注意ください。

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●逃亡者・秋風 透

　夕刻。
　寮内ではいよいよ、各候補者（および協力者たち）と、逃亡者との戦いが幕を開けようとしていた。
　逃亡を決め込んだ者のひとり秋風 透は、普段、寮費を滞納しているわけではない。毎回しっかりと払っているが、選任戦を盛り上げるため敢えて逃亡を選んだのだ。だから、後木 真央・冴木 竜司の陸上部コンビがその脚力を生かして廊下を猛ダッシュしてくる姿を見たときは、笑いが込み上げてきた。
「ようっし……逃げるぜー！　今日の主役は自治会長候補だ！　活躍させてやるぜ！　はははっ！」
　忍者に憧れ、ただいま絶賛忍者修行中の透は、普段の修行の成果を見せてやる、とばかりに術を仕掛ける！
「まきびし！」
　真央と竜司の足元に、思いっきり、まきびしならぬ、大量のビー玉を転がす。
「うおわっ！」
　驚いたものの、さすが陸上部の竜司！　走り幅跳びの要領でぴょんっ、と転がるビー玉の群れを飛び越える！
「体育科舐めんなし！　体力バカ度で他の面子にひけはとらないのだー！」
　真央もつづいてビー玉まきびしを飛び越える！
「さすがだな！　じゃあこれはどうだ！」
　透は廊下の角を曲がり、ふたりの視界から隠れたと見るや、すぐさま天に手を掲げた。
「忍法空蝉の術！」
　手を振り下ろし、ろっこん＜忍法！　畳返しの術？！＞を発動。出現した人体模型に似せた岩人間の囮に上着を掛けると自分は素早く廊下を駆けぬける。
　角を曲がってきた真央が「つかまえた！」と岩人間に相変わらずのフライングボディアタックをかます。その勢いでぐらりと倒れた岩人間は脆くも崩れた。
「うわ、うわ、透ちゃんセンパイが壊れたのだー！」
「違う、よく見ろ！　ただの岩だ！　本人はあっち！」
　竜司は岩人間も飛び越え、透を追う！
　そのとき透は廊下の分かれ道で更なる忍術を仕掛けていた。
「金遁の術！」
　カキン！　カキン！
　奥の壁に偽手裏剣を投げて音を鳴らし逆の道へ走る。
　これは、竜司がかなり背後に迫っていたために効果はなかったのだが……この音は別の結果を齎した。

「あなたたち、何をしているのかしら」
　透と竜司の間に、風紀委員の間宮 芽瑠が割って入った！　音を聞きつけやってきたのだ。
　竜司は一瞬味方かと思った。
　しかし芽瑠は、逃亡者である透を庇うように、竜司の前に立ちはだかる！　
「会費の強制徴収なんてありえません！　人様の物を力づくで奪う人に会長にはなってほしくありませんもの。ゆえに！　会費強奪はこの私が阻止させていただきます！」
「なぜにー！？」
　思いがけない敵の出現に、竜司は慌てふためく。
「納入相手を選ぶ権利も認めない候補者など不要ですわ！」
　正論過ぎる正論！　竜司に反論の術はない。その隙に透は遠く駆け去ろうとしている。
　咄嗟に竜司の脳裏に浮かんだ方法――それは、ろっこんを発動させて筋力増強して芽瑠を振り切り、透に追いつく、というものだった。
「女性は……」
　嗚呼！　自分のろっこんがどういう発動条件なのか、この女性の前でその発動条件を満たすことが、いったいどんな結果を生むのか、そのときの竜司に判断出来ていれば……！
「女性はすばらしいー！　幼女さいこー！　女性は中学生までが全盛期！　おっぱいは……！」
　その後、竜司は、幼女とエロとおっぱいについて熱く叫んだのであるが、省略させていただこう。
　ろっこん＜性春パワー！＞。エロや幼女への想いを大声で叫ぶことで筋肉が強化されてゆく――はずだった。
　だが……！
「おかしい……パワーがでないぜ！？」
　そして、眼前には、芽瑠の冷たすぎる視線……！
「あなた……何を言っているのかしら……？」
　うっすらと浮かべられた微笑み。まるで氷の女王のような佇まい。
「え、あ、いや、これは俺のろっこんを発動するための……」竜司はしどろもどろに言い訳する。
「ろっこん？」
「ええと、ほら、わかるだろ、超能力みたいなさ……」
「超能力みたいな？　アニメじゃないですのよ。ありえません！」
　びし！　と芽瑠は、強く強く全否定する。
　それもそのはず、芽瑠は、ひとなのだ！
　彼女の前ではろっこんは発動しにくくなる。あるいは、ごまかしのきくタイプのろっこんであればその限りではなかったかもしれないが……とにかく、竜司はただ、己の性癖を熱く告白しただけになってしまった！
　こうして芽瑠の強奪阻止の試みは成功し、竜司は芽瑠の足元にがっくりと膝をつくこととなった――。

◇

　透が真央・竜司コンビの追跡を振り切り、「土遁の術！」と地下帝国通路に身を隠したちょうどその頃。

　骨削派の桜崎 巴は、初島 優の部屋を訪れていた。
　彼は留守だったが、巴はずずい、と部屋の中を見回す。
「ふむ」
　優が士に支払済みだという情報を得ていなかった巴は、そもそも寮費回収に乗じて他人の弱みを握るのが主目的であったということもあり、布団の下やら引き出しの下やら、兎に角他人に知られたくない物がありそうな場所をチェックしはじめる。机や本棚も気になったが……ふと、これ見よがしに置いてあるＰＣが目に留まった。
「あの防犯モードの製作者だからね。一応チェックさせてもらおうかねぇ」
　ＰＣを起動したと同時に、画面に「地下帝国にご招待ー」という文字が表示され。
「なっ！」
　巴は、足元にぱっかりと空いた地下帝国行きの落とし穴へと吸い込まれた！

◇

　管理室で、防犯モードや警備のチェックをしていた優が「あれっ」と声を上げる。
「どうしたでござるか、優殿」と零が尋ねる。
「俺の部屋の防犯モードの試作が作動したみたいなんだよー」
「たしか、机や本棚を漁ろうとすると天井と足元から網が飛び出して相手を捕縛しようとする罠と、ＰＣを起動したら地下帝国行きの落とし穴が開く罠でござったかな？」
「うん、そうー。落とし穴の方みたいー」

◇

　巴が引っ掛かったのは、優の防犯モード試作品だったようだ。
　しかし、怪我の功名とでも言おうか、巴は地下帝国に隠れていた透の上に落ちていた！
「げっ！？　どうしてばれたんだ！？」
　透のこの台詞がさらにまずかった。
　巴は尻の下のこの男が逃亡者だということを知る。
　追いかけっこをするまでもなかった。
「あたしのケツを退けて欲しかったら、寮費は骨削までどうぞ？」
　寮費を載せるための手のひらを出した巴に、透は気持ちよく観念し、
「まさか捕まるなんてなー、やるじゃないか！」
　と笑うと、６ヶ月分５４００円を支払った。
　士と優が防犯モードをＯＮにしたことが、偶然とはいえ結果的に、瓢に味方してしまったともいえる。

「たしかに頂いたよ。……おっと、回収分を瓢に渡す時、報酬分は予め回収額から引いとくとしよう」
　――巴は透から受け取った寮費を数え終えると、そう言って半額の２７００円を自分のポケットに入れた。