【自治会長選任戦サイト『御神体様のお導き』より】

■逃亡者情報（土曜２０時現在）
・秋風 透氏、地下帝国通路にて確保されました。確保者は骨削派、桜崎 巴さん。

・怪盗ケットシー氏は未だ未確保。
　どうやら、長靴をはいた猫の扮装をしているらしいとの情報が入っています。

・鷹取 洋二氏（通称ワカメ先輩）も姿を眩ませているとのことです。

■各候補者の動向
・逆巻派のみなさんが、真辺さんの部屋を拠点に逃亡者捜索に当たっているようです。
　逆巻・神出鬼両氏が、寮内を巡回中とのことです。逃亡者のみなさんは、不敵な笑みにご注意ください。

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●逃亡者・怪盗ケットシーこと、シグレ・ナイトウォーカー

　長靴をはいた猫のようなブーツが、軽やかに地を蹴る。
　長靴をはいた猫のような羽根付き帽子の羽根が、鮮やかに揺れる。
　夜は怪盗が現れるに相応しい時間。
　怪盗見習いであるシグレ・ナイトウォーカーは、今宵この時を楽しんでいる。
　見習いとはいえ、逃げ足については自信がある。いざとなったら、ろっこんが発動してくれるかもしれない。
「といっても屋内は分が悪いし、範囲を広げるのもフェアじゃねぇ。というわけで猫鳴館敷地内で鬼ごっこだ」
　これが、シグレが己に課したルールだった。
　
◇

　昼間、無事もれいびキャベツの引っ越しを終えたキャベツ引っ越し班は、そのまま真辺・逆巻部屋に泊まり込んで、天野の自治会費回収作戦を手伝う運びとなった。もっとも、女性であるアネモネはさすがにお泊りは、と帰宅済みである。
　彼らは、天野直伝の滞納者ノートを眺めつつ作戦会議をした。
　その際に出た、辞退するのに回収はするのか、という問いに天野はこう答えている。
「大事なのは寮に必用なお金の回収。自票にする気はないけれど、踏み倒す気なら手加減しないよ？」
「♪♪」わくわくした面持ちで神出鬼 没は飛び跳ねる。「天野と自治会費回収なのさー♪」
　天野は大きな鉄針と捕獲用の紐を持って没と出て行った。逃がす気はゼロのようだ。
　彼らが出て行ったあと、真辺・逆巻部屋に残ったのは、部屋の主・真辺 伸幸と、桜井 ラッセル、氷雨 潤一の三人だった。

「部屋に……穴？」
　潤一は先ほどから気になっていた壁の穴を見て首を傾げる。
「そうなんだよー。あまくんが空けちゃってねえー。１部屋じゃ作戦本部には狭いと思ったのかなあ」
　猫鳴館だし、こんなこともあるのかもしれない。
「氷雨先輩今更だけどよろしく。こいつらの友達をやらせてもらってるものです」
　ラッセルは改めて潤一に挨拶をしたりしている。すっかりお泊りモードで、持参した枕をクッション代わりに、念願の天野のペット・ネズちゃんとハリーくんと戯れご機嫌だ。
　やがてふたりはカラスについてあれこれ話を始める。話は盛り上がり、潤一の問いかけに、ラッセルは自分の知る範囲で包み隠さず答えているようだ。
「今夜は夜通しになりそうだねえ」
　と部屋の主である伸幸は、まったりとお茶を差し出す。
　戦いの最中ではあるけれど、こんな風に友人たちと過ごす夜が、伸幸には大切なものに思えた。

◇

「！」
　数十分の後。天野・没組は怪盗ケットシーに遭遇していた。場所は、旧館２階。
　没の、相撲部熊先生直伝のツッパリは、怪盗ケットシーに見事に躱される。
　怪盗ケットシー――シグレは、仮面の下でニヤリと笑う。
「悪い子は逮捕しちゃうのさ！」
　没が油や接着剤で相手を止めようとするが、ケットシーの逃げ足はさすがに早い。準備が間に合わない。
「天野ー！」
　天野も鉄針を構えるが――ケットシーは防犯モードで滑り台になった階段を華麗に滑り、そのまま窓から外に逃れ、夜闇にまぎれてしまった。
「……仕方ない」
　天野は構えを解くと、真辺部屋に電話を掛ける。

◇
　
「ブーツに羽根付き帽子に仮面……長靴を履いた猫のような恰好ですか」
　天野が頼りにしたのは、昼間も活躍した潤一のろっこん＜シンパシー＞だった。
　潤一はしばし無言で集中する。だが、ふう、とため息を吐くと電話先に告げた。
「電話で怪しい人の名前か顔がわかれば、何か企んでいないか能力で確認できるかと思ったのですが……残念です、よくわかりませんでした。やはり伝聞では姿を正しくイメージできないようですね。怪盗ケットシーというのもただの渾名でしょうし……申し訳ありません」
「そうか、いやいいんだ。ありがとう。じゃあ、僕らは一旦そちらに帰るよ。真辺・桜井組と交代しよう」
　天野の声を、潤一の持つ電話に耳を押しつけて聞いていたラッセルが潤一に代わって「了解」と答える。
　続いて電話は伸幸の手に渡り。
「あまくんたちと交代してさー、さくくんと怪しい人を見つけたら電話するから、没くんでばひゅんと現れて簀巻きにしてねー」
　伸幸が微妙に物騒なことを言ったので、なんとなく一同笑ってしまった。
　
◇
　
　時計は２２時を回った。５月のこの時刻の夜風はさすがに冷たい。
　猫鳴館の屋根を一望できる位置に生えている木の上で、ひとりの黒覆面の男がくしゃみした。
　――民谷 鋭二だ。
　何故彼が、黒覆面で木の上にいるのかというと、それには深い訳がある。
　鋭二は寮生ではなかったが、地下帝国仲間である骨削氏が自治会長になってくれたら、と望んでいた。俺は面白いヤツの味方だ、だから一番猫鳴館を面白くしてくれそうな骨削を応援しよう、と考えたのだ。あの骨削のこと、何かしらの奸計は企てているだろうと思い――当たっている――、自分はひとまず陰で個人的に動こうと決める。
「実は一度も入った事がないから、猫鳴館の中にも入ってみたい所だが……地下帝国で骨削達が言ってた防犯装置ってのが気にかかるから今回はやめとこう。外の木の上で見張って、いかにも徴収から逃れようとコソコソしてるヤツを見つけたら飛び降りて追いかけてやる」
　寮内はすでに防犯モード作動済みだったことを考えれば彼の判断は賢明だった。
　そして待つこと数時間、屋根の上に人影が現れたのだ。
　ただし、人影はコソコソなどしなかった。優雅にマントを翻し、屋根の上で堂々と何かをしている。
　鋭二はちょうどよく屋根に向かって伸びている枝があるのを見つけた。音を立てぬよう枝を渡り、屋根へと飛び移る。かたり、と屋根が音を立てる。
「！」
　マントの男――怪盗ケットシーは物音に気付き振り向く。
　気づかれたからには、鋭二はもう物音など気にしなかった。
「さあ、山育ちで足には自信がある俺から逃げられるかな？」
　鋭二は不敵に笑う。
　一方、怪盗ケットシーも駆けた。
「簡単に渡すわけにはいかねえな」
　もともと、屋根の上は彼の散歩兼修行の場。さらに、何かから逃げているときにだけ発動するろっこん＜怪盗補正＞が、彼の足運びに若干の補正を与える。ゆえに、その走りはまさに、華麗！
　月光のスポットライトの下、怪盗と黒覆面が、猫鳴館の屋根を駆け抜ける。
　ふと、きらり、と空中で何かが光った。
　金の鍵、だった。
　黄色いカナリアが下げた、金の鍵だ。
　カナリアは怪盗ケットシーの真上を旋回し、次の瞬間。
「鬼ごっこ終わりっ」
　ろっこん＜黄色いピヨコ＞を解いたラッセルが、怪盗ケットシーことシグレを組み伏せていた。

◇

「あまくんーあったよー」
「♪♪」
　伸幸が没のろっこん＜神出鬼没＞で真辺・逆巻部屋に戻って来た。
　その手には、「寮費」と書かれた茶封筒が握られている。シグレが、屋根の上に、ばちんと挟まるネズミ取りのトラップ付きで隠したものだった。……引っ掛かったのか、伸幸の手の甲は若干赤い。
　屋根の上の大捕り物から３０分後、怪盗と黒覆面は簀巻でぐるぐる巻きにされていた。
「６ヶ月分５４００円、たしかに回収させてもらったよ」
　そういう天野をシグレはちょいちょいと顎で呼ぶ。
　耳を寄せた天野に、彼はこう伝えた。
「辞退するって噂は小耳に挟んだ。自治会長って役割を望んでねぇことも知ってる。でもここのフリーダムすぎる奴らのストッパーとしては逆巻が適任だと俺は思う」
「過大な評価ありがとう。でも気持ちは変わらないから」
「そうか。もし逆巻が辞退するなら……」
　シグレは天野にひとりの人物の名を耳打ちした。
　
　ちなみに。逆巻一派に「怪しいヤツ」扱いされた黒覆面な鋭二が、自治会費を払わず逃げ回っている寮生ではないということをわかってもらえたのは、夜も明けるころだったという――。