猫鳴館、自治会長選任戦｜リアクション

猫鳴館、自治会長選任戦

●結果発表！

　旅鴉月詠が、いつもの格好でふらりと会場に現れていた。
「へんな人、見なかったー？」という空音の問いに、
「南瓜頭？　すれ違ったよ」とろっこんでスケッチブックに封印した衣装を見せている。
「芋煮会と聞いて御呼ばれされたよ」
　月詠がそう嘯いて、持参した和風料理を詰めた重箱を開いたところで、海原がマイクを持って現れた。

「皆。待たせたな。集計結果が出た。結果発表は、集計を担当してくれた添木千唐から行う」
　一同、括目して結果を待つ。
　千唐が茂からマイクを受け取った。
「どうも。添木です。まずは、キャベツの売り上げ結果から発表します。

　骨削　５１００円
　邪衣　４４００円
　雪見　３６００円
　後木　　６００円

　この結果を、選任戦の結果に足しますと、こうなりました。

　邪衣　４１３００円
　雪見　２８８００円
　骨削　２６７００円
　後木　　８７００円

　――よって、次期猫鳴館自治会長は――」

　そこで千唐は大きく息を吸い、その名を呼んだ。

「邪衣士！」

　大きな拍手が上がった。
　士は、片手を挙げてその声援に応えた。
　そして、同じ候補者のみんなと視線を交し合った。瓢も、大福も、真央も、士に心から拍手を送っていた。
　士は人差し指で軽く目元を拭うと、前自治会長である茂の前に進み出た。

「ここに、新たな自治会長が選出された！」

　再び大きな拍手が巻き起こった。茂は、その熱が引くのをしばし待つ。そして。

「邪衣には、この、代々自治会長によって引き継がれてきた『猫鳴館の鍵束』を授与する」

　茂は勿体ぶった手つきで古びた鍵束を士に授けた。
　士は頭を垂れ、それをうやうやしく受け取った。
　それから、面を上げると、時間をかけて、ゆっくりと猫鳴館の仲間たちの顔を見回した。
「みんな、応援ありがとう。自治会長になったからには、猫鳴館のために力を尽くしていく所存だ。そして、それにはみんなの協力が不可欠だ。――これからも、よろしく頼む！」
　士はそう挨拶すると、深々と頭を下げた。
「よろしくな、邪衣。俺も自治会には監査としてしばらく残るつもりだから、何かあれば相談して進めよう。また、今回立候補してくれた雪見、骨削、後木、そして逆巻もありがとう。そしてだな……ここで、次点の発表をさせてもらう」
　次点？　と疑問の声が上がる中、茂が発表する。
「次点　初島　５４００円！」
「ええっ？　俺ー？」
　初島優が驚きの声を上げる。
「今回、学生支援部の皆とパーティの準備に尽力してくれたそうだな。それを汲んで、初島あての票を生き票とすることにした。これは、学生支援部全体への賛辞だと受け取ってもらっても構わない。猫鳴館を代表して感謝の辞を述べさせていただく――ありがとう」
　学生支援部の零、玉藻、刀、雅人、千唐は、互いに顔を見合わせた。
　初島ー、初島ー、と声が上がっていた。
　優と学生支援部の面々は、戸惑いながらもその声を嬉しく受け止めた。

『こうして、猫鳴館の新自治会長は、邪衣士氏に決定した。多くの信任を得たのはもちろんだが、浮動票であった黒須票、及び、逆巻氏辞退による本宮票を得たこと、そしてなにより自分自身への投票が、結果に大きく響いたといえるだろう。彼の今後の活躍に期待する』
　――八神修は、パソコンのキーを打つ手を止め、自らの原稿を読みなおした。
　選任戦後、修は大急ぎで新聞部の部室に戻って、この原稿を書いていた。
　ふう、と肩の力を抜いて、珈琲をひと口含む。
　人差し指でぽん、とキーを叩くと、自治会長になった士の写真が画面に呼び出された。
　よく撮れている。就任直後の、よろこびに溢れた表情だ。
　修はまた、キーを叩き始めた。
『なお、自治会長就任後、最初の仕事として、逆巻氏に始末書を書かせるとのこと。自室の壁に穴を開け、さらに候補辞退で寮生を混乱させたため、としている』
　逆巻に恨みはないが、ケジメってやつだ。叱るべきはちゃんと叱っておくほうが、あとあと別の波風を立てなくて済むしな……と士が笑ったことは、修の胸に秘めておく。きっと、あいつのことだから、始末書の一枚や二枚、しれっと笑って書くだろ、と言ったことも。
　修は、選挙に関する堅い記事のほかに、「謎の南瓜頭現る！」やら「お好み焼き対決の勝者は広島風雪見印！」やら「裸にはエプロンか割烹着か！？」といったのゴシップ記事をおもしろおかしく書いた。
　そして――彼は、記事の最後をこう締めくくった。

――『猫鳴館の歴史がまた１ページ』――

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