●ドキドキ！　お好み焼き対決！

「ドーモ、見回りお母さん（昭和）です。お残しは許しまへんで！」
　伊賀 解理が、会場に料理や飲み物を配って回っている。
　キャベツの叩き売りタイムを終えた４人の候補者が、集まって互いの労を労っていた。
「お疲れ様ーっ！　みんな頑張ったのだー！」
「あとは集計を待つのみ……か。緊張するな……」
「あっしはこの中の誰もが会長にふさわしい人たちだと思うよぃ。負けたときは諦めるさぁ。お互い、恨みっこなしにしましょ」
「そうだな。誰が会長になったとしても、互いに拍手で讃えようじゃないか」
　この場にはいない天野を含め、彼らのあいだには不思議な絆が生まれていた。お互いこそ猫鳴館を愛する仲間だ、という信頼が芽生えていたと言ってもいい。戦友――あるいは彼らには、そんな言葉がふさわしいのかもしれなかった。
　解理が彼ら全員に飲み物を手渡す。
「選挙お疲れさん。戦いは終わったんだ。ゆっくり楽しむなり休むなりするといい」
　その言葉で、彼らの表情にようやく安堵の笑みが零れた。

◇

　さて、購入された沢山のキャベツたちはといえば。
　ざくざく。
　じゅうじゅう。
　ぐつぐつぐつ。
「はーい、キャベツ鍋、こちらですよー」
　このあやめのキャベツ鍋のように、次々とその場で調理されていったのである。
　数多あるキャベツ料理の中でも、特にこの日人気があったのがお好み焼きであった。
　なんと３つもお好み焼きコーナーが出来ていたのである。
　ひとつは、士といいなの『うさぎ屋』出張店。
　ふたつめは、秋 もみじの広島風お好み焼き。
　みっつめは、難波 辰の関西風お好み焼きだ。

◇

　士といいなの『うさぎ屋』出張店ではうさぎ屋次男の宇佐見 望月が緊急参戦していた。
「ウチからちょっぱってきた豚バラ使って、ちょいとおかずでも作ってやるかな？　まずは豚バラをカリカリ目に炒めて取り出しておく」
　ジュウジュウ。
「出た油でキャベツを炒めて、パプリカ・長ネギの斜め切りを入れ、軽く炒めコレも取り出す」
　ジャッジャッ。
「オイスターソースと普通の味噌・醤油・味醂・酒でタレを作ってフライパンに入れ」
　じゅわああああ！
「豚バラ・野菜の順に戻して出来上がりっと、ほれ回鍋肉だ！」
　手際がいい！　そして美味そうなことこの上ない！
「……っと、ダッチオーブンの米の調子を見てこなくちゃ」
　少し離れた場所で、志波 武道がダッチオーブンの火加減を見ている。
「これでいいのかー？」
「お、吹いてる吹いてる……適当に吹きこぼれたら炭からどけて……」
「それ俺やるわ」
「おう、頼む。後は熱いけど蓋を取って布巾を挟めばできあがりだ！」
　あたりに漂う炊きたての米のいい香り！
　お好み焼きに、回鍋肉に、米！　堪らないじゃないか！　涎を垂らした狼みたいな青少年がわらわらと周りを取り囲み始める。
「蒸らし時間は我慢しろ欠食児童共！」

◇

　もみじは、出身地広島で鍛えたお好み焼きの腕を披露していた。
「思いっきりキャベツたっぷりのお好み焼きを作るよ！　ヤキソバがてんこもりもりで卵もどっちゃりだよ」
　それが広島風お好み焼きなのだ。
「お好み焼きはなんといっても広島。野球も広島。異論は認める」
　認めるんかい、のツッコミに「認める。その方が楽しいもん！」そういってもみじは笑う。
　そこにちょうど大福が通りかかった。
「あ……昨日は投票ありがと」
「ねえねえっ、握手しよ、握手！」
「握手？　……いいけど」
　差し出された大福の手。もみじは「今後ともよろしくねっ」と握……るかわりに、コテを握らせた。
「……なに？」
「何って、見て分かんないの？　コテだよコテ。料理作るんでしょ、とーぜんお好み焼きも作るよね？」
「……いや、俺は、焼きそばを作ろうかと……」
「焼きそば！？　入れる、入れる！　うちのは広島風だから！　さ、いっしょに焼こう？」
　大福は、まあいいか、とひとつ息を吐いて、彼女の思惑に乗ることにした。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい！　雪見印のお好み焼きだよ！　だが残念、大福は入ってないんだ。その代わりヤキソバたっぷり入れとくから、どんどんたべてちょーだいな！」

◇

　難波 辰のコーナーでは、雨崎 荒太郎と千鳥 雅人が、お好み焼きを焼く端で、焼きおにぎりを焼いていた。
　そしてふたりに挟まれお好み焼きを焼いているのは……美少女だった！
　しかも、な、なんと、裸エプロンだ！！！
「パーティーだ！　この機会に他寮の奴にも猫鳴館の良さ知ってもらわねーとな。よーし一肌脱ぐぜ！」
　そして辰は、文字通り――脱いだのだ！　しかも、ろっこん＜にょたいかっ！＞で美少女に変身して！
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい！　猫鳴館で採れたキャベツをふんだんに刻んで盛った難波辰特製お好み焼きだ！　お代わりはまだまだあるぜー」
　せっかく女体化したのに、しゃべり方がいつもどおりなのが残念な気もするが、はっきりいって、そんなのはどうでもいい！　……と、取り囲む男子たちは思っていた。
「く、くそ……雨崎と千鳥め、うまいこと後ろ側をガードしてやがる……！」
「は、鼻血が……！」
　辰は、元が男だから恥ずかしくねーもん、と他寮からのお客さんにさかんに声をかけている。
「どうだ、思ってたよりいい所だろ」
「おっぱい！」
　……相手は、桃色破廉恥小隊隊長横嶋 下心だった。
「ちっとボロいけど飯はウマいし皆話がわかる奴ばっかだし」
「おっぱい！」
　もう、何を言っても、彼の口からは「おっぱい！」しか出てこない。下心の手が辰の胸に伸びる！
「よ～、雨崎、焼きおにぎりいいか？　……って、どうどう」
　おにぎりをもらいに来た桜井 ラッセルが、下心を取り押さえた。
　ぴ、ぴ、ぴー！
　笛を鳴らして風紀委員の間宮 芽瑠が駆けつける！
「なんです、あなたたち、破廉恥な！」
「いや俺関係ないし」とラッセル。
「おっぱい！」
「え？　この人は本当は男？」
「おっぱい！」
「ろっこんで女になってる？　ありえません！」
「おっぱい！」
「ああっ、アタシの為に争うのはやめて！　仲直りして！」
　辰が叫んで割って入る。いや、どう考えても辰の裸エプロンがそもそもの原因なのだが。
「どうしてもって言うなら……脱ぐ！　裸土下座よ！」
　嗚呼！　宙を舞うエプロン！　がばっと地に伏す辰の身体！
「おわー！　動きが早すぎて肝心のところが見えなかったー！！」
　嘆く男子たちの声！
　――この瞬間、猫鳴館に「裸土下座ギャル」という新たな伝説が誕生した――。

　……この事件、結果的には解理がやってきて、自らの割烹着を辰に掛け、下心と芽瑠を「まあまあここは無礼講ということで」と宥めながら連れ出したことで一応の解決を見た。下心の口には解理の手によってキャベツがぎゅうぎゅうに突っ込まれていたが……見なかったことにしよう。
　片付けをしながら遠巻きにその様子を見守っていた中村 優子は、聞こえるあてのない謝罪を口にする。
「難波君にお好み焼き食べに来てって言われたけれど、ごめんね……人と話すのがあまり得意じゃないから、あそこには行けないわ。でも、ちょっと離れた場所で人が楽しそうにしているのを見るのは……好きよ。うふふ」
　辰が割烹着を着込む間、荒太郎は壁役になっていた。するとふと、優子と目が合う。
　彼女の柔和なまなざしが、荒太郎の記憶の扉を叩いた。
　――それは、ファーストキスの記憶だった。
　相手は髪の長い幼稚園の先生で、卒園前に結婚してしまった人。
　やさしくて大好きな先生だった。お別れの日に泣いてしまい、「泣かないで」と言ったっけ……。
　そのときに、キスさせてもらったのだ。
　最近なにかと思春期ぎみの荒太郎はあれやこれやを思い出し、「なんだろ、この気持ち……」とドキドキする胸を押さえる。
　裸割烹着姿になった辰は、そんな荒太郎を見て「？」と首を傾げた。