かの伯爵が街の名士として名を連ねているのは、古くから続く由緒正しき家柄のためではありません。
彼は、夜を往くのです。
こつ。こつ。ノックを二回。
「こんばんは……お嬢さん」
真夜中に窓を叩く音は、心惹かれた紳士の来訪を告げる合図。
胸を高鳴らせる女性は、誘われるように。薄布一枚の寝衣、肌も露わな艶姿をさらすのも構わずに、ふらり、ふらりと。ゆっくりと。
「さあ。私を入れておくれ。部屋へと。招いておくれ。そうすれば私は、君に甘美な悦びを与えてやることができる。私の世界を、分け与えてやることができる……素晴らしき夜を、君に」
紅く輝く瞳を見つめれば、女性の意識はぞくぞくと這い登る昂揚に追いやられ、導かれるままに、開くのみ。
窓を。
夜の暗闇そのものが部屋に飛び込むように、女性の眼前へと降り立った伯爵は、ついと指先で彼女のあごをすくい、その美しさに、ふむンと満足そうな嘆息をもらし……笑い、剥き出します。
牙を。
「代わりに、少しばかりの対価をいただくことになるが。よろしいかね? ああ、何と艶やかな……ああ、もう、私は、ああ。たまらない」
肢体へふるいつき、抱き寄せ、突き立てます。首筋へと。
柔らかな肌を突き破り、肉へ筋へと食い込む、この感触。
溢れ出し、啜り上げたあたたかい命の雫の……何と、甘露なこと!
ぴくン、とひとつ痙攣した後、弛緩した女のすべやかな身体、丸みを帯びる曲線に手のひらを這わせて、伯爵は満たされ微笑みます。
濡れた口元を拭いもせずに。
あるいは。街外れの古城に住まうもまた、長命なる者たち。
大広間を満たすシャンデリアの瀟洒な明かり。豊かな音色を孕む輪舞曲に乗り、踊る男女が翻す漆黒と紅はあたかも、彼らの全てを象徴するかのよう。
宝石のごとく煌く視線が絡み合えば、開いた口元から覗く牙すらも艶かしく、あの背徳的な官能をにわかに呼び起こす道具に過ぎず。
「ねえ……キスして頂戴?」
「……お望みとあらば」
自らの伴侶となった
男を見上げるは、かつては人であった
少女の、今や煌々と灯るピジョン・ブラッドの瞳。
見下ろすサファイアの蒼は、凄絶なほどに発散される彼女の色気に、蕩けてしまいそうな熱い吐息に、ゆらりと揺れて。
手触りの良い腰を、ぞくりとそそる背骨のラインを、滑らかなうなじを、豊かな黒髪を撫で上げて、恍惚に震えた妻の白い、白い首筋へと、夫は。
キスを。永遠なる証を。
今夜もまた、突き立てるのです。
人が夜半の暗がりを恐れるのは、本能によるものばかりではありません。
そう。彼らは……夜を往くのです。
明に去るまで、深遠めいた闇の中はすべからく、彼らの領域なのですから。
墨谷幽です、よろしくお願いいたします~。
ガイドへは、唐沢 一也さん、神無月 ひふみさんにご登場いただきました。ありがとうございました!
このシナリオの概要
今回は、ハロウィンでもお馴染みの吸血鬼を取り上げまして、ヴァンパイアゴシックホラー、といった感じのシナリオをお送りします。
舞台は、中世ヨーロッパ風のとある街。
この街では、夜な夜な住人が謎の失踪を遂げたり、人ならざる異形の者が目撃されたりといった事件が多発しており、不安が蔓延し、退廃的で厭世的な空気が漂っています。
事件を引き起こしているのは、そう。この街を拠点とする、吸血鬼たち。
今宵も彼らは棺の中から這い出し、新鮮な生血を求めて、あの蒼い月の光を存分に浴びながら、街へと繰り出すのです。
今回のシナリオは『IF』のお話、もしもの世界観です。参加者の皆さんには、吸血鬼、あるいはこの街に住む人間になり切って、夜を過ごしていただきます。
一介の吸血鬼として、美女の首筋に牙を突き立て芳しい鮮血を啜り、恍惚に浸るも良し。恐るべき吸血鬼に怯える街の住人として、彼らに翻弄される耽美な艶姿を演じるも良し。
あるいは街の一角で、この夜に端を発した、伯爵と吸血鬼ハンターの血生臭い闘争へと介入するも良し。
お好きな形で、ゴシックな夜を堪能してみてください。
アクションでできること
アクションではまず、以下に従って、何となく西洋風の名前、立場(吸血鬼か人間か等)と、今回のシナリオで行いたい目的などを決定してください。
名前はただの雰囲気作りなので、もちろんそのままでも構いませんし、特に思いつかなければおまかせ等書いていただければ、それっぽいのをこちらで考えさせていただきます。
●1.名前
今回のシナリオ中で名乗る、何となーく西洋風の名前。
特に無ければ日本名そのままでも構いませんし、おまかせも可です。
名前の一例は、NPCのお二人を参照のこと。
●2.立場
以下の3つより1つを選んでください。
あまり厳密な設定ではありませんので、雰囲気に添った形で自由に解釈していただいても構いません。
○吸血鬼:夜の街を往く人外の者たち。吸血鬼は主に、以下のような特性を持ちます。
※適当に省いたり付け足したりしても可
・長く鋭い犬歯、見目麗しい容姿、青白い肌 ・歳を取らない
・強い吸血衝動 ・吸血した人間を、配下の吸血鬼として操る
・岩を砕くほどの腕力、膂力 ・あらゆる外傷を瞬時に修復する治癒能力
・蝙蝠、鼠、虫、霧などに変身する能力 ・視線で人間を魅了する能力
・鏡に写らない ・初めての家には、招かれなければ入れない
・日光、十字架、ニンニク、銀や鉄の武器に弱い ・流水を渡れない
・昼間は棺の中で眠る ・心臓に杭を突き刺されると消滅する
○人間:街の住人。特に特殊な能力は持たない、普通の人間です。吸血鬼に狙われています。
※ろっこんも使用不可(基本的には。何か理由付けがあれば可)
○吸血鬼ハンター:吸血鬼を狩る使命を己に課した、夜のハンター。
対吸血鬼用の武器や器具の扱いに加え、訓練の末に得た特殊な能力を扱います。
※ろっこん使用可能(発動条件等は通常と変わりません)
●3.目的
以下の【1】【2】【3】から1つを、やりたいアクションに合わせてお選びください。
【1】吸血鬼、あるいは街の住人として夜を過ごす
街の中、吸血鬼として好みの住人を物色したり、吸血行為へと及んだり。
人間として吸血鬼の恐怖に怯えたり、血を吸われる甘美な感覚に打ち震えたり。
夜の街で起こる、様々なエピソードを描写します。
※血を吸ったり吸われたり、は特に指定が無い場合、組み合わせはランダムに決定します。
特定のお相手と絡みたい場合は【GA】の指定や、その旨の分かりやすい記述をお願いします。
適当な組み合わせにならない場合は、モブNPCとの絡みになる場合もあるかもしれませんので、その点あらかじめご了承くださいませ。
【2】伯爵と吸血鬼ハンターの闘争へ介入する
街外れの屋敷に住まう伯爵は吸血鬼であるとの噂を元に、ひとりの吸血鬼ハンターがそこへ踏み込もうとしています。両者の邂逅は程なく、泥沼の闘争へと発展するでしょう。
吸血鬼として伯爵側に立ち人間たちと戦ったり、吸血鬼ハンターとして伯爵の討伐に加わったり。あるいは街の住人として、何らかの形でこれに巻き込まれてしまったり。
そんな、吸血鬼とハンターの戦いの様子を描写します。
【3】その他
その他、上記に当てはまらないような吸血鬼にまつわるエピソードがありましたら、自由に指定していただいても構いません。
可能な範囲で描写させていただきます。
アクションには、上記の要素に加えて、
・心情
(人間:吸血鬼に怯えている、吸血鬼:抗えない吸血衝動に苦しむ、ハンター:復讐に燃えている、など)
・職業や境遇など
(平民、貴族の子息、街へやってきた旅人、など)
といったあたりもお書きいただければ。
その他
●参加条件
特にありません。どなたでもご参加いただけます。
●舞台
とある中世ヨーロッパ風の街。蒼く美しい月が輝く夜。
●NPC
○シーゲル・ド・オーシャン伯爵
古くからこの街を拠点としてきた、強力な吸血鬼。有力者の血を吸い配下とすることで、街を支配してきました。
○エレナ・K・Z・ヘルシング
数多くの吸血鬼を仕留めてきた実績を持つ、流浪の吸血鬼ハンター。伯爵の討伐に乗り出し、協力者を募っています。
●備考や注意点など
※上記に明記されていないNPC、及び今回のシナリオには参加していないPCに関するアクションは基本的に採用できかねますので、申し訳ありませんが、あらかじめご了承くださいませ。
以上になりますー。
ちなみにですけれど、墨谷の吸血鬼観はけっこー古い映画とか、ややマイナーな小説とかの影響が大きいかもです。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております~!