果実がたわわに実る、ある夏の日に。
桃が、本気を出した。
桃はしゃべらない。
桃の気持ちはわからない。
けれど、果汁の甘さはよく知っている。
柔らかな毛に覆われ、白と淡い桃色に彩られた、丸いフォルムを知っている。
そんな桃が、とある平日の午後に、寝子島全域に現れた。
空を舞い、食欲をそそる香りを振りまき、人々を翻弄したのだ。
ビルの上空を、桃が飛ぶ。
木立の合間を、人々の行き交う足元を、時には開け放たれた家の窓から入り込み、――桃はどこからともなくやってくる。
漂う蝶のように、あるいはタンポポの綿毛のように、軽やかにふわふわと飛んでいる桃。
そんな桃と遭遇してしまったとき、ある人は手を伸ばし、ある人は幻覚かと惑い、ある人は記念に写真を撮り、ある人は空きっ腹を鳴らした。
浮遊するほどに底力をみせた桃は、その実とても、繊細だった。
何かに触れると、はじけてしまう。
そんな自身の儚さを悟っているかのように、桃は障害物を避けて進んでいく。
けれど、そんな桃たちを、人の作為が阻むこともあった。
儚く散ってしまった桃たちの果汁により、あちこちで甘い香りがただよっている。
そんな、ある日の、桃との思い出。
こんにちは。
夏といえば、桃。
おいしいですよね、桃。
けれど毎日食べるには、いいお値段をしていたりもして、食料品売り場の入り口にでーんと構える姿は、気品すらうかがわせる、そんな桃たち。
さて、今回はそんな桃との触れあいがテーマとなっています。
目一杯、桃を愛でて、全身に果汁を浴びてください。
桃は、物理的な接触を果たしたとたんに、ばしゃっとはじけます。
あたりに果肉と果汁が飛び散ります。
果肉は常温ですが、新鮮で甘みがあり、おいしさは折り紙つき!
工夫次第では、みずみずしいおいしさを口いっぱいに頬ばることもできるでしょう。
もちろん、食べなくてもいいんです。
思わぬところでばったり遭遇してしまった桃を排除しようと、奮闘する人もいるでしょう。
空を飛ぶ桃の写真集を出そうと、はりきる人もいるでしょう。
むんむんただよう桃の香りに、くらくらしちゃう人もいるでしょう。
桃との思い出は、人それぞれ。
桃との遭遇率は、自然の豊かな場所ほど、高い傾向にあるようです。
人の少ない場所では、大量の桃が行き交い、
逆に商業地区では、数分に一個、目にするかどうか、といった具合です。
とある昔話のように、川を下っているように見える場合もありますが、水に触れるとはじけてしまうので、若干浮いた状態でただよっています。
(どの桃も、大きさは普通の桃サイズです)
発生原因は不明です。もちろん、神魂の影響でしょう。
原因を特定することはできません。
桃もきっと、テンション上がっちゃったんです。
心配しなくても、夕暮れ時には自然と消えます。
思い思いの方法で、桃との甘いひとときをお楽しみください。