今日もやっぱり
木天蓼(またたび)大学! 通称、
マタ大!
そしてここはその大教室! の、
片隅!
……大教室の後方、窓際の席だ。前の席には几帳面な字でノートを取っている学生がいるが、それはどちらかといえば例外のほう。こっそりスマホゲームしている姿、うつらうつらしている姿はまま見られるし、斜め前の派手目のグループにいたっては、全員突っ伏して安眠中というダラけ具合。
けれども誰が責められよう、どうにもぼんやりした、炭酸の抜けたサイダーみたいな講義だったから。前方のスクリーンには教授のスライドが映し出されているが、いくら眺めても正直、頭に入りそうもない。
四月の喧騒は遠くなった。はじめましての握手、進級祝いの乾杯、ゴールデンウィークの浮かれた空気、それらがひととおり過ぎると、五月はしんとして倦怠期に入り、六月にはさぼり気味の者とそうでない者の差がくっきりしてくる。水無月祭という刺激はあったが、終わってみれば去年の記憶のようだ。
そしていま、七月である。長い夏のはじまりであるとともに、前期末試験の足音も迫りつつある季節だった。
消しゴムのカスを指先でまとめながら、
龍目 豪はあくびをした。
眠いわけじゃない。退屈なのだ。
豪は根本的に、じっとしているのが苦手だった。体を動かしていないと、どうも調子が出ない。ひたすら長くて退屈な講義となればなおさらだ。友人の笹川帆太にボヤくたび「大学の授業なんてそんなもんだよ~」と呆れられるのだが、それはそれとして足が貧乏ゆすりをやめない。
だいたい、そのパンダ(帆太)を最近は見てねー。
かわりに出席カードを出してほしいと頼みこまれて、仕方なく豪は応じているわけだが、当の帆太はいまごろどこかでMewTube動画を撮影中のようだ。「今度のはすごいんだ! 十万再生突破余裕だよ~」なんて本人はしきりに強調していたが、どうだか。
チャイムが鳴った。
豪は教科書をバッグに突っ込んでさっさと立ち上がる。廊下へ出ると、人の流れに乗って階段を下りた。
やっと昼メシだ。
七月の陽光が構内のタイルを白く照らしている。
ランチは購買で、『サンドイッチゴージャスセット』なるものを買っておいた。堂々とゴージャスを名乗りつつ、量以外さしてゴージャスではないがご愛敬である。あとは紙パックのコーヒー牛乳だった。
どこで食すか考える。中庭のベンチを目指すか、図書館脇の屋外テーブルがいいか。どっちにしろたいがい暑いだろうが、室内で紙風船みたいにぼーっとしていたぶん、日光を浴びたかった。ソーラー充電というやつか。
──おっと、そうだ。巣箱の様子を見ておかないと。
豪は進路を変えた。階段を上がり、屋上へ通じるドアのキーロックを外す。ナンバーは5585。
まぶしい光に目を細める。熱気が顔にぶつかってきた。
教養棟の屋上には、養蜂用の巣箱が三つあった。大学の許可を得て設置し、知り合いの養蜂家に指導を受けながらはじめて半年になる。世話をするたびに発見があって飽きない。小さな生態系をのぞきこむ感じは、探検と似ているかもしれない。
「オホー」
声がした。見回すと、巣箱の前にしゃがみこんでいる人影がある。白いTシャツ、背中にはリュック。プラチナブロンドの髪。
見覚えがある。もうひとつの"探検部"の勧誘をしてた。
あのとき見失って以来、接触の機会がなかった。こんなところでまた会えるとは。
いやいや、それよりもだ。
「危ないっすよ、そんな近くで。防虫ネットを被らねーと」
彼女は巣箱の間近にしゃがみこんでいたのだ。ミツバチは基本、攻撃的な性格ではない。近づいただけで刺したりはしないが、巣箱に不用意にさわったりすれば危ない。
「大丈夫、ミツバチの観察してるだけデス。きれいナー」
彼女はくるっと振り向いた。サファイアブルーの瞳、まばゆいほどのプラチナブロンドに白い肌。首から羅針盤のモチーフの金色ペンダントをさげ、絞り染め模様の白いTシャツを着ている。
「あなたのハチ?」
「俺のじゃないですけども、まあ、俺が管理してます」
「スバラシイ! ミツバチは異世界にもいるんだよネ。花の蜜を集めるのは共通してルノ」
一瞬、言っている意味がわからなかった。
──異世界?
冗談にしては、妙にまっすぐな顔ではないか。
そう、探検部の勧誘といっても彼女は、『異世界"探検部"』の勧誘をしていたのである。
「……異世界に行ったことがあるんすか?」
思わず聞くと、彼女は羅針盤のペンダントをつまんでにっこりした。
「ないケド」
間。
それから、にぱっと笑う。
「きっと行けると思うヨ!」
豪は返す言葉を選びかねて、「ですか」とだけ言った。
そのとき屋上のドアがまた開いた。
「あれ、龍目くん? それに部長も」
鷹取 洋二だった。手にレジ袋を提げている。中身はスポーツドリンクのボトルだ。何本もあった。
豪とは寝子高時代からの顔見知りだ。穏やかな顔立ちで、こういう炎天下でも涼しそうに見える。ほとんど風はないのに、独特のヘアスタイルがなびいていた。
「はっはっは、意外なところで会ったねえ」と笑いながら、洋二はペットボトルを一本とってオルガに差し出した。「部長が屋上に行くって聞いたから、熱中症になるといけないと思いまして」
「ヨージやさしーネ!」
オルガはペットボトルを受け取り、キャップを開けてごくごくと飲んだ。喉が渇いていたらしい。
「まさか……部長、ってことは」
豪の言葉を洋二が引き継いだ。
「そのまさかだよ。龍目くん、こちらは木天蓼大学異世界探検部つまりイセ探の部長にして創始者、
オルガ・オングストローム先輩」
飄々とオルガを紹介し、洋二は顔をオルガに向けた。
「部長、彼は僕の同窓生で龍目豪くんです」
「よろしくナノ」
オルガが手を差しだす。
「よ、よろしくお願いします」
おずおずと豪は握った。いまの俺、油の切れたロボットみたいだなと思わずにはいられない。
間近で見るオルガがずいぶんと美少女だったせいもある。なんか、いい匂いするし。
でもそれ以上に、いつかは、と思っていた日がだしぬけに訪れたせいもあった。
異世界の三文字こそ付くものの、同じ探検部なのだ。いずれ帆太経由で紹介してもらおうと思っていたのに、当の帆太抜きで不意打ちみたいに実現してしまった。だから、どうしたらいいかわからない。
「そういえば」と豪は思い出したように口を開いた。「キーロック、どうやって外したんすか」
あの番号は管理人と、自分を含む養蜂関係のスタッフしか知らないはずだ。
「秘密ヨ」
オルガは人差し指を立てて唇に当てた。
「いやあ」と洋二が苦笑しながら口を開く。「龍目くんがここで養蜂をやってるって聞いてね。ためしに『豪ゴー、蜂ゴー』ってやってみたら、あっさり開いちゃって」
「ばらしちゃ駄目デショ!」
「いやあ、すいません」
洋二は全然すまなそうではなかった。
そのとき屋上のドアがまた開いた。
「洋二さんお待たせ。部長も来てましたね」
上がってきたのは女子だった。ショートカットで、どこか涼しげな顔立ち。手にはコンビニ袋を提げている。たしか、バスケ選手で全国大会まで行った羽生という後輩(
羽生 碧南)だったと思う。
つづいて、青い髪をした細身の男子学生が姿を見せる。
「遅れてすまんこって……って、なんや、みんなまだなんかいな?」
みんな?
豪は洋二に視線を向けた。
「……さてはお前ら、ここを集会場にしてたな」
「はっはっは、まさかそんなことはあるよ」
洋二は今度も、全然すまなそうではなかった。
「龍目くんも飲むかい? スポドリ」
ここまでお読みいただきありがとうございます。桂木京介です。
例によって(長い)シナリオガイドを読む必要はありませんのでご安心を。
龍目 豪さん、ガイドへのご登場ありがとうございました!
ご参加の際は、このガイドにこだわらず自由にアクションをおかけください。
概要
本作は木天蓼大学生だけを参加対象にしたシナリオとさせてください。
といっても新入生・在学生・大学院生の区別はありません。OBやOGといった『元マタ大生』でもOKです。
舞台については大学の内外を問いませんが、ほんのりとでもマタ大に関わっている話でお願いします。
時期は1372年七夕ゆかたまつりの前後とします。ゆかたまつり当日の話でも大丈夫です(ただし七日当日は豪雨なので注意!)。
愉快な大学生活、苦しい大学生活、どちらも歓迎です。たとえばこんなシチュエーションなんてどうでしょう。
・大忙しだった七夕ゆかたまつりも終了し、バイト仲間で打ち上げ
・期末テストが近いのでノートを写させてほしい……
・ゼミ発表の準備に大わらわ
・大学の同窓会で元カノに再会してワオ
・卒業生として、インターンシップ学生の担当者に指名される
……などなど、いろいろなパターンが想定できるのではないでしょうか。
木天蓼大学異世界探検部について
オルガ部長が「満月の夜、寝ているはずのミツバチが動き出すことがあるそうナノ。異世界の花に蜜集めに行ってるのデハ?」などと言うので、今夜遅くまで残って(夕方から屋上に身を潜めて)観察する予定です。夜を徹しての活動になりそうなので、屋上にこっそりテントを張ったりします。当然、警備員に見つかったりすればすみやかに退去となります。
NPCについて
制限はありません。でも相手あってのことなので、必ずご希望通りの展開になるとはかぎりません。ご了承下さい。
※[TOS]のキャラクターは出せません。
特定のマスターさんが担当しているNPCであっても、アクションに記していただければ登場できるよう工夫します。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、交際相手、詐欺の構造を知り尽くした変人経済学部教授と彼のゼミに入った学生……など)を書いておいていただけると助けになります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(2シナリオ以内でお願いします)
毎回書いてますが私は、自分が書いたシナリオでもタイトルとページ数を指定いただけないととんでもない間違いをします。ご注意ください。
それでは次はリアクションで会いましょう。
あなたのご参加をお待ちしています! 桂木京介でした!