雨の叩きつける音がする。
とうとう本格的に降り始めたのか、うなる風に窓も揺れ、
八神 修は溜息を吐いた。
(……あと1日か)
沖縄への旅行は2泊3日。波照間島へ来る前に石垣島で1泊しているから、天体観測のチャンスは今日しかなかったのに。目当ての南十字星こそ見ることは叶ったが、なんとも不完全燃焼な気持ちで修はこれからのプランを考える。
梅雨入りしているとはいえ、天気予報を見る限りでは船や飛行機が動かなくなるほどではなく、朝には快晴に向かうとのことだ。朝も早かったし、今晩はゆっくり休めということかもしれない。
(できるだけ負担にならず、楽しんでもらえて……でも特別感も、もちろんあって)
髪を乾かし終えると、修はすぐさまタブレットで心当たりを検索する。予約が必要な体験施設であっても、前日キャンセルなんかで空きが出ていたら滑り込めると期待して――それを、彼女が望むだろうか、と思い直し手を止めた。
――気にしないでよ、天気のことだよ?
そう笑う
七夜 あおいは、大きく落胆したように見えなかった。落ち込んだからって天気が回復するでもないし、いかにも前向きな彼女らしいな、とも思う。けれど、それでもどこか……温度差があるような気がして。
(考えすぎだとは思うけどね)
ずっと恋い焦がれた彼女が傍に居る。どれだけ走っても、どんなに手を伸ばしても、掠めそうでいて触れられない距離に居た愛する人は、やっと手を繋いで歩けるところまできた。悩んで立ち止まっていられものかと、修は苦笑して最善の旅程を組み直そうと集中する。
……けれど、薄い壁の向こうから彼女の声が聞こえたとなれば、話は別だ。
『ありがとうございますっ!』
深々と頭を下げていそうな元気の良い声に、思わず顔を上げる。バタバタと部屋を飛び出る音が聞こえたかと思うと、廊下を走る足音はすぐに小さくなってしまった。
(こんな時間に、どこへ?)
それも日本最南端の有人島。あおいの知り合いなんていないだろうし、用事が出来ることなんてありえない。
手早く身支度を調えると、修も後を追うように廊下へ出る。さすがに宿の外へ出るなら一言あるはずだと、まずは宿の中を探すことにした。
狭い宿の一角。
客室より少し景観の劣る位置にある、従業員用の部屋までやってきたあおいは深呼吸をひとつ。
いざ覚悟を決めてノックをすると、出迎えてくれたのは朗らかな顔をしたオーナーの妻。
奥には情けない顔をして腰を冷やして寝転ぶご主人がいて、困ったように笑うスタッフも、あおいの来訪を歓迎するように冷たいお茶を差し出してくれた。
「あれ、おひとり? 一緒の彼氏さんは?」
「え、ええっと……ひとまず、私がお話だけでもと思いましてっ」
第三者に修を彼氏だと認識されていることに照れくさくなりつつ、あおいはここに来た経緯を話した。
そうして最後に誠意をこめて、「よろしくお願いします!」と頭を下げられれば、オーナーの妻はやや困惑した顔で1度主人に視線をやり、あおいに向き直った。
「ありがたい申し出だけど……せっかく観光にいらっしゃったのに」
そもそもなぜ、あおいがここに来たのか。それは、腰痛に顔をしかめているご主人に要因がある。
梅雨入りの沖縄、それも離島。何かあっては大変だと、宿泊客の安全を優先に考え、設備に異常がないか、備蓄に関しても見て回っていた。そこまではいい。
「いやぁ……雨で退屈そうなお客さんを見ると、てーげーチムワサワサしてさ~?」
苦笑いするご主人の近くには独特なお面や小太鼓があって、何かを企画してくれていたのだろう。それを取り出そうとして体勢を崩したか、あるいは――。
「あっさみよー! ムシャーマのテークも踊れんで、何が『つい』だか!」
波照間の夏の伝統行事。その一部でも楽しんでもらえたらと意気込んだご主人は、雨で濡れる床で盛大に転んだらしい。幸い暫く安静にしていればいいような怪我だが、今はGW中。人手が削られるのは、大きな痛手だ。
知り合いに声をかけようにも、どこも観光客の対応で忙しく、応援は絶望的。だから半ば諦めつつ、冗談半分でHPを更新したのだとオーナーの妻は謝罪した。
「いえ、私だって図々しいと思ってます。でも……手伝わせてくれませんか?」
急募のアルバイト。
今晩行う明日の仕込みでも、明日の早朝行う支度の手伝いでもいい。祭り道具の修繕は難しいかもしれないけれど、文化に触れるまたとない機会になるだろう。
(困ってる人をほっとけないのもあるけど……この旅行で、修君を残念がらせたくない!)
決意溢れるあおいの姿に、宿のスタッフらもお願いすることとして――ひとつだけ、条件を加えた。
あと見ていないのは、従業員用の部屋に通じる廊下だけ。
さして広くもない宿であおいを見失ったことに、そろそろ修は焦りが出てきて、スマホを握る。
念のため、1度連絡してみようか。それともすれ違っただけで、もう部屋に戻っているだろうか。
悶々としながら、進んでいいものかと廊下で立ち往生していると、奥からあおいがやってくるのが見えた。
「あれ、どうしたの?」
「良かった……こんな天気なのに、部屋から出たみたいだったからさ」
「もー、修君ってば大げさ! ……でも、ないかな」
えへへと笑うあおいは、どう切り出そうかと迷っているよう。束ねた髪の先をいじり、何度か口ごもり……今更ながら身勝手なことをしたと、まずは詫びる。
「ごめん……明日の予定も、いっぱい考えてくれてたよね? それには響かないようにするから、だからね」
勢いよく両手を合わせ、ちらりと上目遣いで修を見て。
そんな愛らしいポーズでお願いされたとあれば、修の答えは決まっていた。
内容を聞く必要などあるわけがない。あおいがこんなに懸命なのだから、何を賭しても叶えねば。
こっそり気合いを入れた修は、気取られないように優しく微笑む。その柔和な雰囲気に、あおいの緊張もほどけたようだ。
ふわふわと上下する心は、今どこにいるだろう。
あざとい笑顔を乗せて下に? それとも誰かへの真心を抱えて浮かんで?
なかなか同じ場所でピタリと止まれない。それでもきっと――今度こそ、かさなる……気がするんだ。
リクエストありがとうございます、浅野悠希です。
こちらは、八神 修さんのプライベートが満載なシナリオです。
このシナリオでは『時の流れ』が設定されています。 ※プロフなど各種設定にご注意ください。
■年月日 :寝子暦1372年5月4日(月/祝)~5日(火/祝)※あくまでこのカレンダーは目安です。八神さんの思う世界線のカレンダーをご使用ください。
■気象予報:沖縄は梅雨入り中。4日は明け方まで雨ですが、日の出頃から深夜まで晴天に恵まれます。
5日は日中まで晴れ間が続くものの、夕方から曇り空。雨は降らないでしょう。
概要 - 初夏の沖縄を満喫しましょう! というシナリオです。 -
※ このシナリオは、前後編の2部構成です ※ 前編:『君と旅して。ふたりの春は、最果ての白波にほどける』本シナリオ(後編)では、5月4日~5日(仮)の2日間を中心に、沖縄での旅行風景を描きます。
※場合によって、3日の22時以降からなら描写可。(オススメは4日の朝から)
状況
前後編を通して、2人が当初予定していた沖縄旅行は『2泊3日』でした。しかし、期待していた天体観測は心半ばでお開きとなってしまい、この後の予定に影響がでそうです。
5月3日22時現在、2人は波照間島の宿にいます。
あいにく明け方まで天候が悪いですが、朝の海には期待できそうです。
お部屋は別々、シングルルームの隣り合わせ。何かお話があるなら、今夜中に済ませるのもいいでしょう。
できること ※後編では、選択肢が大きく2つあります※
あおいは「ある目的があった上で」、困った宿の人のお手伝いをすると決めました。目的については現時点で伏せられていますが、八神さんが協力するのは自由です。
> 当初の予定通りの旅程を楽しむ
朝には天気も晴れることから、旅程には差し障りがありません。ただ、あおいは朝の時間、少し忙しくしているかも?
もし2人が綿密なプランを立てていたなら、こちらがオススメです。
> あおいのお願いに全面的協力をする
こちらは綿密なプランがなかった場合にオススメ。内容は自由に考えてくださって構いませんが、一例を挙げるとこんな感じです。
宿のお手伝い例)
・夜のうちに、明日のための仕込み作業
・朝食など、早朝準備の手伝い
・島の中程にある町へ荷物の受け渡し(自転車でも車でも可)
・HP用の写真撮影(題材は一任)
・お祭り小道具の修繕、または依頼して見学
……など、お手伝いの中でも波照間島の魅力を味わってもらえるような内容で考えてくださっているようです。
< 共通事項 >
旅行中の出来事としては、本島での観光や海辺のデート、もちろん宿泊も楽しみのひとつ。星空観察や地域イベント(ハーリー、音楽祭など)、デート内容は幅広く選べます。
シナリオでは、実際にはない宿泊施設も、実際には潰れてしまったあの施設も、存在することとします。
そのため、アクションは比較的自由に、のびのびと書いて頂いて大丈夫です。
ガイドに縛られず、申請いただいた内容も含めて自由にアクションしていただけますので、ご安心くださいね。
NPCとXキャラ
今回登場とお伺いしてますのは、NPC:七夜 あおい この春から付き合い始めた、八神さんの彼女です。
お手伝いは、できるだけ『旅程に影響を与えない範囲』で考えています。
ただ、八神さんが協力的な姿勢を見せてくれたなら、あれこれ欲張るかもしれません。
八神さんの気持ちが第一優先ではあるものの、悔いなく旅行を締めくくりたいようです。
PL情報:あおいはこの突発アルバイトによって、「天体観測のリベンジ」を狙っています。
……ということは? 匹敵する別のことかもしれませんが、サプライズは考えてそうですよ!
※ 独自ルール ※ - こちらは他MSへ対応を迫る行為はお控え下さい -
浅野が担当するシナリオでは、 様々な短縮表記が可能 です。参照シナリオがある方、Xキャラと参加したい方、アイテムやイラストを参照してほしいなどありましたら、
『独自ルール』をご参考に短縮表記をされると、アクションの圧縮に繋がります!
※気になる方は、ぜひお気軽に利用してくださいね。
※今後は、基本的に参照シナリオを提示されない限りは、同じ世界線として扱いません。寝子暦1372年の卒業式以前のシナリオは、問題なく『過去』として参照が可能なため、引き続き参照します。
それ以後は自主申告がないと、浅野側では別の世界線なのか同一世界線なのかを判別することができません。
そのため、 物語の隙間を埋めるような描写 を希望される際は『必ず』参照シナリオをご提示ください。
※過去参加して頂いた浅野のシナリオに関しても、記憶違いを避けるためにご協力頂けると助かります!
(そのため、1度お知らせ頂いた内容であっても、必要な場合は都度お知らせ願います)
※必須じゃないけど知っておいて欲しいなという事柄については、 少しであれば 確認させて頂きます。
※但し、こちらは全てに目を通すと確約をするものではなく、あくまで余力があればとなります。
それでは、よい1日をお過ごし下さいね!