『それ』自身に意思はなく。
個性も主体もないがために『それ』はあらゆるモノへ姿を変え、暗色に擬態する。時に触手となり、時に鋭い刃の姿を成す。鳥や獣、人の形さえ模することもあったが、あくまで表面的な模倣に過ぎず、そこに生命の営みや輝きは感じられない。
擬態は『それ』にとっての手段、武器だが、振るうのに確固とした理由が存在するわけではない。
『それ』にあるのは、欲求と力のみ。いわば食虫植物のようなものだ。そこに獲物があれば捕らえ、捕食するだけ。
『それ』は本質的に『それら』であり、集合体なのだ。永遠とも思える時の蓄積が生み出した、人の負の感情の集合体。
餅々 きなこは『それ』を、実に子どもらしい発想で、
『どろでろろ』と呼んだ。
月原 想花が目を開くと、眼前には闇がうごめいていた。
見たままを表現するなら、
青い闇だ。暗くわだかまる闇。あるいは霧。うねる波。流動して形を変えながら、時おりそこに人の顔のようなものが垣間見えることもある。よく見ると内部に青い輝きを内包していて、それが漏れ出すと周囲を青く染めるが、すぐに闇色に包まれて消えていく。
「これは……何? それに、ここはどこだろう? ぼくは、どうしてこんな場所に」
「ここは、れいかいだよ」
「きなこちゃん?」
あたりを見まわせばなるほど、寝子島では無さそうだ。赤茶けた荒野が広がっているかと思えば唐突に和風家屋がでんと建っていたりするし、空には線路が伸びて霊界電車が駆けてゆく。あやかしだろう、奇妙な者たちのシルエットが遠くからこちらを眺めているのが見える。
目の前にそびえる家屋などはことに歪だ。細部を見ればどこにでもある民家でありながら、いくつもの様式の家々がだるま落としのように縦に積み重なっていて、見れば見るほどに異様な光景だった。
積み木ならぬ
積み家、とでも呼ぼうか。
「っ! そうだ。ぼくは滴さんを探しに……!」
ねこったーで届いた知らせ。衝撃を受け、戸惑った。
黒白 滴が、死んだ。そう書いてあった。
「……そんなの、うそだ」
信じられなくて、信じたくなくて。
近頃寝子島で起きている、おかしな出来事。あちこちに描かれたストリートグラフィティ。その周辺で人が消えている、という噂。
滴の死と関連があるのだろう、その現象を調べようと現場へ出向いた矢先に、
「そうだ……この闇に、ぼくはとらわれて」
「れいかいでも、さいきん、おかしなことがおこってるんだ。想花ちゃんみたいに、ねこじまから急にまよいこんでくるひとがいたり」
きなこは目の前に建つ奇怪な積み家を指差し、そこに取りつくようにしてわだかまる闇を見据え、眉をひそめた。
「どろでろろが、わいてきたり」
どうやら寝子島での失踪騒ぎには、この闇が関わっているらしい。
闇は形を変えながら、少しずつ、少しずつ大きくなってゆく。あたかも霊界を侵食してゆくかのようだ。
きなこはこれが大きくなり、やがて霊界全てを覆い尽くしてしまうのではないかと懸念しているらしい。
「あっ!?」
「ど、どうしたの想花ちゃん?」
青い闇が形を変えてゆく中で、想花は見た。
あの奇妙な積み家。その入り口の扉の向こうへ、見知った人物が消えてゆくのを。
まぎれもなく、それは死んだはずの、滴の姿だった。
「滴さん、生きて……!?」
しかし、思えばここは霊界だ。
あれは本当に、滴だろうか? 生きた彼女なのだろうか、それとも……?
思わず積み家へ駆けだすと、闇は想花を捕らえんとしてか、触手、あるいは腕のように自らを伸ばす。
なんとか身をかわし、暗いわだかまりをにらむ。
滴はなぜ、あの家へ?
闇はなぜ、あの家にとりついているのだろうか?
いやむしろ、あの家からわきだしている?
「……あの家、もしかして滴さんの家?」
踏み込めば、彼女の真実に出会えるだろうか。
なあお、とあやかしは鳴いた。
尾が二つに分かれた、猫又の妖怪の子どもだった。
子猫は張り出した屋根から物憂げに、青い闇に追われ扉に駆け込む想花らを見下ろす。
そうしてうごめく闇を見つめ、その奥に覆い隠されている秘密を想い、ほろ、と涙をこぼした。
墨谷幽です。
しずくがこぼれおちるとき<黒>を担当させていただきます。
よろしくお願いいたします~!
月原 想花さん、ガイドにご登場いただきましてありがとうございます。
ご参加の際は、ガイドのイメージにかかわらず、ご自由にアクションをおかけくださいませ。
このシナリオは、笈地 行マスターの担当する<白>とリンクしており、
展開によっては<黒>に参加されたキャラクターが<白>に登場する、なんてこともあるかも?
お楽しみに!
概要
あなたは闇にとらわれ、霊界へと引きずりこまれてしまいました。
近頃寝子島で噂になっている失踪事件、その被害者となってしまったのです。
青い闇に追い立てられるまま、足を踏み入れたのは奇妙な建物。
通称『積み家』と呼ばれる、いくつもの家屋が縦に積み重なった不思議な家です。
一軒家、和風建築、ボロアパート、タワーマンションの一階層など、
積まれた家々の様式もさまざまです。
寝子島、霊界に現れた闇。
奇妙な積み家。
そして黒白 滴には、どうやらなんらかの関係があるようです。
皆さんは、寝子島で起こる失踪事件解決のため、
そして自身が寝子島に戻るため、
あるいは隠された真実を知るために、
積み家の探索に挑むことになります。
なお、闇にのまれて霊界へ引きずりこまれたためか、皆さんは現在、
寝子島へ戻ることができません。
今回のシナリオで失敗すると、ずっと戻れなくなってしまう……かも?
けれど、臆せず前へ進んでください。
きっとあなたの行動が、寝子島で活動する仲間たちをも救うことに繋がるでしょうから。
アクション
『積み家』で起こる心霊現象や恐怖を体験しながら、探索を行います。
家の中は見た目どおりの構造ではないようで、上階へ登ったら下の階に出たり、
明らかに長すぎる廊下があったり、扉と扉のつながりがおかしかったり、
まるで迷宮のよう。
家の中には、この世のモノではないなにかが徘徊しています。
侵入者には容赦なく襲いかかってきますので、見つからずやり過ごすか、
迎撃して一時的に撃退する必要があります。
完全に倒してしまうことはできないようです。
それぞれの家には、青くぼんやりと輝く『記憶だまり』となっている場所、
あるいは物品などがあります。
発見すると、この家に住んでいた人々の記憶が再生され、真実に一歩近づくことができます。
また、『記憶だまり』を見つけることで、周辺が浄化されて安全になったり、
徘徊している怪異や闇を弱体化させたり、先へつながる扉が開放されたりするようです。
<積み家を構成する家々>
おひとりで全てを網羅することはできませんので、
重点的に探索したい場所を、なるべく1つ、お選びください。
☆一軒家
モダンな平屋一戸建て。
外観は綺麗ですが、中はゴミだらけ。足の踏み場もなく探索には苦労しそう。
いくつかの家具類は壊れ、ガラスもところどころ割れています。
・あやしいポイント
ちぎれた首輪。借金の督促状。
☆和風家屋
広い庭付きの大きな和風のお屋敷。よく手入れされています。
部屋数が多く、迷ってしまうと大変です。
どこからか常に、複数人のものと思われる怒声が聞こえてきます。
・あやしいポイント
座卓の上の書類。
☆ボロアパート
1LDKの個室と、その周辺の廊下や階段。
築数十年の非常に年季の入ったアパートです。
かなり老朽化していて、今にも崩れ落ちそう。
・あやしいポイント
破かれたスケッチブック。
☆タワーマンション
切りとられて積まれた、高級マンションの一階層。
ハイソサエティのためのラグジュアリーでゴージャスな作り。
窓の外には夜景が見えます。
・あやしいポイント
家族の写真。ノートパソコン。
<出現する怪異、現象>
★うまなきゃよかったおばさん
積み家全域に出現。
美しい容姿の女性ですが、髪はぼさぼさ、身なりはボロボロ。
手には包丁を持っており、「うまなきゃよかった」「あんたなんか」などと
叫びながら攻撃してきます。
一度発見されると猛スピードで接近・追跡してきますが、視野は狭いようです。
★いいことしようおじさん
ボロアパート、タワーマンションに出現。
高級そうなスーツを着込んだ、初老の男性。
一見上品な雰囲気ですが、「いいことしよう」「いたくしないから」などと
ささやきながら近づいてきて、捕まると精神攻撃を受けてしまいます。
足は遅いものの、どこからともなく現れてはゆっくりと追い詰めてきます。
★しんせつなマリちゃん
一軒家に出現。
肥満体で身長2メートル以上はありそうな、巨大な少女。
「しんゆうだよね?」「え、なに? きこえない」などと言いながら、
怪力で殴りかかってきます。
動きは鈍いものの、あらゆるものをなぎ倒しながら迫ってきます。
★青い闇(どろでろろ)
積み家のあちこちにうごめいている、黒い霧、あるいはもや、あるいは水、泥、スライムなど。
基本的に黒っぽく暗色をしていますが、よく見ると内部に青い光を内包しており、
時おりそれが漏れ輝くことがあります。
きなこは『どろでろろ』と呼んでいます。
寝子島にあらわれた闇よりも、より濃密であるように見えます。
近づくと触手のように伸びてきたり、さまざまな怪異に姿を変えて襲いかかってきます。
また、あなたの記憶の中にある「おそれ」「怒り」「軽蔑」などの対象となる、
人物や物体、事象の姿をとることもあるようです。
★猫又の子ども
小さな子猫のあやかし。尾がふたまたに分かれています。
しゃべることはできませんが、こちらの話すことは理解している様子。
あなたが怪異に襲われてピンチの時に現れて助けてくれたり、
迷っているところに現れて、道案内をしてくれることがあります。
★記憶だまり
積み家に宿る、誰かの記憶の結晶。
発見すると、青くぼんやりと輝く幻像として再生されます。
記憶だまりをめぐり、積み家の真実を探ることが、
おそらくは問題の解決に繋がると考えられます。
NPCについて
このシナリオでは、下記のNPC以外は登場いたしません。
餅々 きなこ……霊界の顔役として、『どろでろろ』の動向を注視しています。
皆さんに同行しつつ、ときおり寝子島からのメッセージを受けとって伝えてくれたりします。
黒白 滴…………積み家に入るのを見た、との情報アリ。
テオ ……………ののこと一緒に落ちてきた、らっかみ。寝子島で闇にのまれた後、行方知れず。
Xイラストのキャラクターは、【パーソナル】のみ登場させることができます。
Xイラストのキャラクターを描写する場合、
PCとXキャラの2人あわせて「1人分」の描写となります。
※Xキャラだけで1人分の描写とすることも可能です。
その場合は、PCさん自身は描写がなく、Xキャラだけが描写されます。
Xキャラのみの描写をご希望である旨を、アクションにわかるようにご記入ください。
※Xキャラをご希望の場合は、口調などのキャラ設定をアクションに記載してください。
Xキャラ図鑑に書き込まれている内容は、そのURLだけ書いていただければ大丈夫です。
どなたでも、お気軽にご参加くださいませ。
よろしくお願いいたします~!