ひとり暮らしの朝ごはんは、昨日の夕ごはんの残りものになることが多い。
この春、寮住まいの男子高校生から元家具工場とはいえ一軒家住まいの男子大学生となった
神代 千早の今日の朝ごはんは、昨夜の残りのチキン入りポテトサラダにクリームチーズを和えたもの、トーストに目玉焼きとインスタントのコンソメスープ。
ひとりきりの食卓の椅子に掛け、くちくなったお腹で空っぽの食器を眺める。
(今日は、何をしようか)
春も半ばの土曜日、大学は休み。予定は何も入っていない。
元家具工場の二階の住居部分は引っ越し当初より随分片付いたものの、作業場だった一階はまだまだ様々のものが乱雑に転がっている。
つくりかけの箪笥、古びた長持に飾り棚、火鉢や花台に文机。いつの時代とも知れぬ家具に始まり、家具の材料となるはずだった木材や作業道具まで。何もかもが放り出された一階は、好きにしていいと家主から言付かっていた。
ものづくりを自己表現の手段とする千早にとっては宝の山そのものではあるけれど、如何せん、探したいものがあったとしても見つけられないほどの散らかりようだ。
だから休日に勢いに任せて片付けてみたり、暇を見つけてはひとつふたつ家具の場所を入れ替えてみたり、気が乗らないときは休憩してみたり。少なくとも大学に通っている間は暮らす場所、自分のペースでのんびり続けて、そのうち片付くだろうという腹積もりでいる。
(片付けは本日休憩、かな)
開け放った窓から春風がひらひらと流れ込んで来る。
うなじでまとめたの黒髪をひよひよ揺らすのどかな風に、セル黒縁の眼鏡越しの栗色の瞳が僅かに和んだ。
外は春うららのいい天気、工場脇にある猫の額ほどの庭で遊んでみるのもいい。
(のびる、フキ、ツクシ)
もともと植えられていた季節のものは、放り出されて何年と経った今も季節が巡ってくれば律儀に芽を出す。雑草をむしった後から顔を出してくれたそれらは、先に一人分程度収穫して、のびるは天ぷらに、フキは佃煮に、ツクシは卵とじにして食べた。
(また生えてるだろうか)
そういえば、玄関脇に作った花壇の隣に置いた蒼海色のストロベリーポットに苺の白い花が咲いていた。実がなるにはもう少し時間が必要か。
空っぽの食器を眺めて椅子に座っているのも飽きて、皿を手にシンクの前に立つ。システムキッチンのシンクは極く小さなものではあるけれど、使い勝手は悪くなかった。
(冷蔵庫は冷えるし)
高校を卒業するまで暮らしていたオンボロ寮、猫鳴館名物の『ぬるい冷蔵庫』を思い出す。隙間風も入らない、隣やそのまた隣の部屋や廊下からの賑やかな声も音もない。
その代わり、──ことん、と階下で音がした。ことことことん、ナニカの動く音がする。ちいさなナニカが歩き回っているようなその音に、千早は小さく笑う。階下に住まう、小さくて不思議な住人たちは今日も元気らしい。
階下の住人たちの物音を耳にしつつ食器を洗う。洗いあげた皿を水切り棚に乗せようとして、
「あ」
食器棚の端、綺麗に洗って乾かした容器が目に入った。
──ようけ作り過ぎてしもて。よかったら食べたってください
先日の夕方、おかっぱの幼女と黒猫をお供に訪ねて来た長い黒髪の少女の顔が思い浮かぶ。風呂敷に包まれて差し出されたのは、蓋つき容器にめいっぱい詰め込まれた筑前煮。
──あとおにぎり! こんがにぎった!
おまけのように添えられていた、アルミホイルに包まれた大きくて真ん丸なおにぎりを思い出せば、知らず頬が緩んだ。梅干しに鮭におかか、ありったけのごはんのおともを握りこんだらしいおにぎりは、一口齧る毎に楽しい気持ちになった。
気まぐれに顔を覗かせる度に何かしらのおかずを届けてくれるおかげで、偏りがちな食生活に彩を添えることが出来ている。
「これ、返しに行こうかな」
呟いて、容器を手に取る。
新居から伸びる細い路地を出てすぐのところに、彼女たちの住む家がある。元々は廃墟じみて荒れていた古民家は、いつのまにか『古家』の表札が掛けられ整えられ、小さな女の子と中学生ほどの女の子、それから二十代後半の男と猫が暮らしている。
神代さん、大変たいへんお待たせいたしました……!
プライベートシナリオのガイドをお届けにあがりました。
最近のご近所つきあい『日本人形のような黒髪の少女の場合』編、です。
いつもありがとうございます、さあさあどうぞ、古家家へ!
古家邸について
シーサイドタウンの住宅地の一角にある元廃墟な古民家です。
二階建て。一階部分には台所等の水回りと畳敷きの広い座敷(広すぎるため、衝立で囲った一角を居間にして使っています)、二階にはあまり使っていない部屋と一家の寝室があります。
家屋脇に庭があり、庭には小さなお社と土蔵があるようです。
登場NPCについて
神代さんのご新居からほど近いところにある古民家には、今日は『小さな女の子』のこん、『中学生ほどの女の子』な夕、『二十代後半の男』の日暮、それから黒猫の珠が居ます。
アクションによっては登場したりしなかったりしますが、折角のプラシナです、どうぞご自由にお書きください。
〇夕
ご近所さんに世話焼きしたくてたまらない、十代前半の見た目な割りに言動が大人びた少女。作るご飯はもっぱら和食中心。最近はこんのリクエストで洋食もたまに作っています。
訪ねると嬉々としてお茶やお菓子を振舞います。お土産も持たせたがります。最早孫を構うおばあちゃん。
〇こん
ご近所さんと遊びたくてたまらない、見た目は四歳児くらいの幼女。
今日は日暮と縁側でお昼寝中なようです。
〇珠
こんに抱っこされて眠ってみたり、夕の足元にじゃれついてみたり、日暮の背中によじ登ってみたり一緒に昼寝したりしています。
神代さんを見ると飛んできて撫でろ愛でろと要求するかも?
〇古家 日暮
日々生活のための色んなバイトに勤しんでいますが、今日はお休みなようです。奥の縁側で日向ぼっこしながらうつらうつら昼寝中。
ということで! 今回も神代さんのお越しを心より楽しみにお待ちしておりますー!