寝子島高校は放課後を迎えた。
閑散とした南校舎の屋上では二人の女子の笑い声が響く。激しい手振りを交えて大いに盛り上がっていた。
「いくらなんでも酷すぎるだろ」
酒浸 朱蘭は笑いながら返す。浮かんだ目尻の涙を人差し指で拭う。
柵を背にした
花風 冴来は腕を組み、そうかしら、と小首を傾げる。
「相手のことを何も知らないし、その、好みの顔でもなかったから」
「そうかもしれないけどさ。勇気を出して告白してきた相手の存在を無視はないって」
「無視じゃなくてキョロキョロね。透明人間になって貰ったから傷つけていないと思うわ、たぶん」
取り繕ったような笑顔で頻りに頷く。
「や、やめろよ。頭に映像が浮かぶだろ。もう、笑い過ぎて腹が痛いんだって」
「そんなつもりじゃないのに」
少し拗ねた顔で言った。
ようやく朱蘭は一息入れた。冴来の隣にきて柵に伸し掛かる。少し眠そうな目で第一グラウンドを眺めた。
「話は変わるが、冴来は卒業したあと、どうするんだ?」
「……日本を出ようと思う」
ぽつりと口にした内容に朱蘭は瞬時に上体を起こした。怒りにも似た表情で冴来を睨み付ける。
「そんな話、初めて聞いたぞ!」
「初めて話したからね」
「なんで勝手に決めるんだよ! あたし達は親友じゃなかったのかよ!」
瞬く間に顔が朱に染まる。冴来は真逆で肌の白さが際立ち、目は冷たさを帯びていく。
「見解の相違ね。朱蘭の考える親友と私の親友は違うのよ」
「同じだろ! あたしを置いて……まさか、他の誰かと一緒に」
「話にならないわ。
あなたの妄想に付き合う時間はないから」
冴来は歩き出す。一度も振り返らず、屋上から去っていった。
残された朱蘭は赤鬼の形相で戦慄き、柵を蹴り付けた。一度では収まらず、息が上がるまで蹴り続けた。
「……
あなたってなんだよ。ふざけんな」
怒りの目には薄っすらと涙が滲んでいた。
寝子島高校は明日から春休みを迎える。
制服姿の冴来が正門を出ると朱蘭が追い掛けてきた。
「待って! 話があるんだ」
「今頃、何よ」
立ち止まった冴来は冷ややかな目を朱蘭に向けた。
「そんなに冷たくするなよ。あたしも反省してるんだし。その、仲直りがしたくてさ。ちょっと今から付き合って欲しいんだけど」
「そういうことなら。猫鳴館でいいのよね?」
「あ、いや、そっちじゃなくて」
「どういうこと?」
怪訝な顔を向けられた朱蘭は案内の合間に話し始めた。
着いた先は洋風の一軒家。星ヶ丘マリーナに近く、微かな海の匂いがした。
朱蘭が門扉の施錠を解いた。
「ここだぜ。遠慮なく入ってくれよ」
「親戚のおじさんの別荘だよね」
「まあ、そうだけど、いいだろ。今日はあたしの持ち家みたいなもんだしな」
「そういうことにして置くわ」
冴来は微かな笑みで、お邪魔します、と口にした。
「家の中も、なかなかなんだぜ」
朱蘭は豪快な笑みを返した。
二人は揃って家の中に入った。
最初にエントランスとシャンデリアが出迎える。規模は小さいながらも冴来は関心を寄せた。
「こっちだぜ」
朱蘭は廊下の先を指差した。冴来は壁に飾られた絵画を鑑賞しながら付いていく。
訪れたところはキッチンであった。広々とした部屋に長細い猫脚のテーブルが置かれていた。食器棚には各種グラスが並び、鮮やかな彩色の洋食器が美術品のように収められていた。隅の方には業務用の冷蔵庫があり、対応したオープンキッチンは清潔感に溢れている。
「ダンスホール並みに広くて立派ね」
「おじさんに感謝だぜ。椅子は適当に座っていいからな」
朱蘭は食器棚から細長いグラスを手にして冴来の手前に置いた。小走りで冷蔵庫に行くとグレープジュースの紙パックを取り出した。
「朱蘭、あの扉は?」
「ただの物置部屋なんだぜ」
横目で言いながら紙パックの表面に指先を当てて素早く十字を描く。
「喉が渇いただろ。果汁百パーセントで美味いぞ」
「どこまで入れるのよ、もう」
グラスを持ち上げられないくらいに注がれた。冴来は長い髪を手で押えて口を付ける。音を立てないでゆっくりと味わう。
傍らに立った朱蘭は微笑みながら見ていた。
半分程、飲んだところで冴来の頭が揺れ始める。
「なん、だろう……眠くなって……」
緩慢な手でグラスを押し遣り、空いたところに突っ伏した。
「あたしのろっこんは効くだろ」
冴来は静かな寝息を返した。
朱蘭は近くの扉を開けた。薄暗い中、下に降りる階段が続く。
「冴来は誰にも渡さない。この地下室で、あたしと……」
欲望を剥き出しにした笑みが抑えられなかった。
プライベートシナリオのご指名、ありがとうございます。
酒浸 朱蘭さんと花風 冴来さん限定のシナリオでIF世界になります。
詳しい内容は以下をご覧ください。アクションの参考にしていただければ幸いです。
今回の舞台
星ヶ丘マリーナの近くにある洋館。地下室だけで生活ができる環境となっている。
洋風チェストには女性物の下着や洋服が収まっている。浴室には浴槽とシャワーを完備。
冷蔵庫には一週間分の飲み物や冷凍食品が用意されている。その際、多機能レンジが活躍する。
地下室の広さに対応したエアコン。洋式トイレは全自動。ダブルベッドに寝そべりながらテレビも観られる。
本棚には漫画や小説が並び、各種ゲームも用意されていた。外部と連絡が取れるパソコンだけは置いていなかった。
状況
日頃は仲の良い二人が些細なことを切っ掛けに口論に発展した。
酒浸 朱蘭は怒りと嫉妬に駆られ、花風 冴来の拉致監禁を企てる。
仲直りを理由に冴来を洋館に誘い出し、自身のろっこん『似非バッカスの鬼毒酒』で酔い潰す。
前後不覚となった冴来は地下室に連れ込まれ、やがて意識を回復していく。
説明は以上になります。
春休みの期間中なので長い監禁が可能です。
朱蘭さんは冴来さんにどのような態度で接するのでしょうか。
被害者となった冴来さんの反応も気になります。
吊り橋効果で二人は親友を超えた仲に、なんてことも!
または血で血を洗う戦闘に突入するのでしょうか。
結末は二人に委ねられました。私はドキドキしながら待つことにします。
IF世界ではありますが。